「(よし、じゃあ今日はここまでにしておこうか)」

「ありがとうございました」

「(⋯⋯六花ちゃん)」


今日も勉強を教えてくれた海人先生が鞄を手にして立ち上がろうとした寸前、動きを止めて再び腰を下ろした。


「どうかしましたか?」

「(⋯⋯いや、何でもないよ)」


何か言いたそうに唇を動かした先生は言葉を紡ぐ事なく口を閉ざした後、分かりやすくはぐらかして腰を上げる。

何を言おうとしたんだろう⋯?

先生の若干不審な行動を不思議に思うものの、あえて突っ込んで聞く程の事でもない気がしてわたしも同じ様に立ち上がった。


毎回の様に玄関を二人で出てすぐそこの交差点まで見送るわたしに「ありがとう」と告げてから先生はふと空を見上げて呟いた。


「(なんだかこの季節の夕方は暁光みたいだね)」

「きょ⋯?こ、?」


上手く唇の動きを読み取る事が出来ずに首を傾げたわたしにスマートフォンを取り出してそこに“ぎょうこう”と打ち込んで見せてくれた先生は「夜明けの光の事だよ」と教えてくれる。


「(深い藍色と目の覚める様なオレンジ色のコントラストの空が何だか夜明けの光みたいだなって)」

「⋯⋯確かに、明け方の空もこういう色をしていますね」


先生から西の方向へと視線を移せば、鮮やかな色彩をした空がそこにはあって、今が夕方なのか朝方なのかすら曖昧になってしまう程だった。


「(この時期の空気は澄んでるから空の色が綺麗に見える気がするね)」

「こういう時って思う存分見ておいた方がいいなって思います」

「(ん?)」

「空の色って刹那じゃないですか。ほんの少し時間が経っただけでもう、全然違う顔になる。だから思う存分見ておくべきだなって」

「(確かに。悠久じゃないもんね)」


今のこの綺麗な空も、千冬と見た花火も、刹那的だからこそ儚く思えた。

でも、それってこの世界の全てに当てはまるんじゃないかな。