透明を編む 【完結】

「(六花ちゃん)」

「⋯⋯っ」

「(今凄く、苦しいでしょ)」

「⋯⋯はい、」

「(そういう苦しさや悩みとかは溜め込まないで欲しいと俺は思ってる。それは君が聴覚障害者だからじゃなくて俺の生徒だからだよ)」

「⋯⋯っ」

「(だから何かあれば一人で抱え込まなないでね。もちろん相談相手は誰でもいい。ご両親でも友達でも)」

「海人先生⋯」

「(だからまずは話してくれてありがとう。そして俺は六花ちゃんことを大切な生徒だと思ってる。それを前提にして聞いて欲しいんだけど、まず、どうして俺が六花ちゃんに優しいのか⋯。まぁ、優しくしてあげてるという意識はないんだけど、ハッキリ答えるとすれば、それは君が俺の生徒だからだよ)」

「生徒だから⋯?」

「(そう。聴覚障害者だからとかじゃなくてね。でも⋯、もしかしたら六花ちゃんが日常生活での音をほとんど全く聞こえないからっていうのもあるかもしれない)」


わたしに分かりやすい様に、というよりは、まるで自分に確かめる様にひとつひとつの言葉をゆっくりと紡いでいく先生の声は聞こえないけど、温かいんだろうなって分かった。

それくらい、先生の持つ雰囲気と表情が柔らかくて優しかったから。


「(どうして福祉の仕事に就きたいと思ったかって質問に答えると、ただ人の役に立ちたいってただのエゴとも言える理由なんだよね)」

「役に、立ちたい⋯?」

「(高校の時に漠然とそう思って、たまたまテレビで見た手話の特集に興味を持って⋯、それで何となく今に至る。みたいな)」

「⋯⋯そうなんですね」

「(誰かの役に立てるって凄く嬉しいんだよね。たとえば何かに困っていたり補助を必要とする人が少しでも生活しやすくなったり出来ればいいなって、俺が出来る事をやった結果、それで喜んでくれたり、生活しやすくなる人が一人でもいたらいいなって思ってる)」


その話を聞いてやっぱり海人先生はどこまでも優しくてとても立派な人なのだと改めて思った。

誰かの役に立ちたいという思いは全然エゴだなんて思わないし、実際にわたしは先生のその思いのおかげでとても今、助けられている。

勉強を教えてもらったり、手話を教えてもらったり。話し相手になってもらったり、本当に本当に助けられてきた。

きっとわたし以外にもそういう人はいるし、この先海人先生に助けられる人はたくさんいると思う。


──────でも、


「(でも、今六花ちゃんが聞きたいのはこういう事じゃないよね)」


わたしの心を見透かす様にそう言って笑った先生に目を丸くさせれば彼はやっぱり柔らかく微笑んだ。