「(正直言って関わりたくねぇんだよ、お前と)」

「⋯⋯千冬、」

「(忘れたい)」


“忘れたい”とそう言った千冬の表情はとても、とても苦しそうで辛そうで今にも泣き出してしまいそうな程痛々しくて。

わたしだってこぼれ落ちそうな涙を必死に堪えているのに、それ以上に千冬は泣きたいのを我慢しているみたいで。

“忘れたい”という言葉に込められた思いは一体どんなものなんだろうと考えることさえ出来なかった。

ただただ、痛かった。

心が痛くて痛くて堪らなかった。


────それでも、そこに込められた思いを無視する事なんて出来るはずもなかった。

知ることは恐ろしいことだけど。知らないことは罪になる気がしたから。


「忘れたいって、何を⋯?なんでいきなり、なんでそんな事言うのっ⋯?」


疑問を口にすれば我慢していたものがツーッと頬を伝った。
それはきっと心のどこかでわたしが千冬の前にいること自体が千冬を苦しめているのだと、気付いていたからで、気付かないふりをしてきたものを今、目の前にさらけ出された気持ちだった。


「解放とか、関わりたくないとかっ、⋯⋯ずっと、思ってたの⋯?ずっと、ずっとそうっ⋯おもっ⋯、」


嗚咽で上手く言葉が続かなくて縋るように千冬の両腕を掴むわたしに彼は情なんてかけてくれない。


「(ずっと思ってたよ、もう関わりたくないって。六花の顔も見たくないしいっその事全て忘れてしまいたいって)」

「⋯⋯っわたしの、せい?」

「(⋯⋯)」

「わたしが、聞こえないから⋯?」

「(⋯⋯)」

「わたしがもうほとんど何も聞こえなくなっちゃったからそう思うの⋯?」

「(そうだよ)」

「(⋯⋯っ)」

「(もう、限界なんだよ。六花といるの)」


ブワッと物凄い風が当たって、すぐ横のフェンス越しにある線路の上を電車が通り過ぎていった。


ハッと息を吐き出してみても少しも楽になんかならなくて。


ハッキリと告げられたそれは、簡単にわたしの世界から色まで奪った。

目の前が真っ黒になって、もうこのまま消えちゃいたかった。

だって、あの日からわたしが今日まで辛いことを乗り越えてきたものが全て無駄になってしまった様な、遣る瀬ない虚しさに目眩するわたしを今にも切れそうな街灯が鈍く照らしていた。