透明を編む 【完結】

「さっきはありが、」


あの場から、あの人たちから、あの恐怖から助け出してくれた千冬にお礼を言おうとしてその言葉は途中でわたしの中へと返される。

父親である千鶴さんによく似た、鋭い瞳が今まで以上に冷たく光を失ったからだ。

その瞳の中にわたしが映っているのかいないのかさえあやふやに思えてしまう程、千冬はわたしの事を拒絶している。

オーラとか雰囲気とか、そういう言葉でしか表せないけれど確かに、確実に、千冬はわたしという存在自体を拒絶しているのがヒシヒシと感じ取れてしまって、「ありがとう」と続くはずだった言葉は音として発せられる前に無くなった。


「(お前、もう俺と関わるな)」


そしてただ呆然とその瞳を見つめるわたしに向けて千冬が口にしたのは、やはり、拒絶だ。


「⋯⋯関わるなって、どういう意味?」

「(そのままの意味だよ。もうお前とこうやって話すのも、顔を合わせる事だって嫌なんだよ)」

「っなんでそんなこと⋯」

「(どんだけ態度で示しても、遠回しな言葉で伝えても全然分かってくれないからこうして言ってんだよ)」

「⋯⋯っ」

「(いい加減、解放されたいんだよ。お前から)」

「解、放⋯?」


今、千冬がどんな声を発しているのかわたしに知る事が出来ないけれど、その声はきっと、この世界で一番の冷たさを持っているのだろう。


「解放って、どういうこと⋯?」


わたしが発した声はちゃんと音になっていただろうか。震えてはいなかっただろうか。

悴んだ指先をきゅっと丸めて拳を握りしめたのは不安からだった。

千冬が次に発する言葉に対する恐怖と不安を紛らわす為に必死に手のひらを強く握った。