透明を編む 【完結】


大きな声を出したせいで、少し離れたところにいた角野さんを始めとする千冬の友達がこちらに注目した。

その中の一人の男の子と目が合って咄嗟に逸らす。


こんなところで大声を出して騒いでしまって恥ずかしかったから。それに今は、誰の顔も見たくなかった。

それなのに何故かその男の子は口元に笑みを浮かべながらわたし達の方へと歩いてきて、コンっと肘で千冬の体を小突いた。


「(何この子、千冬の知り合い?)」


ニヤニヤとした笑みを携えて、とても気持ちの良いとは言えない視線をわたしに向けるその男は、まるで舐めるように下から上へとその視線を移動させていく。


「(可愛いじゃん、紹介してよ)」


そしてわたしと目を合わせたまま、彼がそう口を動かした時、彼の後ろからもう一人、角野さんが顔を出して。


「(周平、彼女、耳聞こえないんだよ)」

「(え、耳聞こえないって、)」

「(わたしと千冬と同じクラスの子なんだけど、耳、聞こえないの。ね、千冬?)」


わたしを含めた三人分の視線が千冬へと集まると千冬は言葉を発する事はせずに小さく頷いた。

その瞬間、話しかけてきた彼の瞳が興味深そうにわたしへと寄せられて。


「(聞こえないってどんくらい?つーか俺が今喋ってること、わかる?)」

「⋯あの、」

「(俺、耳の聞こえない人と初めて会ったんだけど、手話とかってどーやんの?てか生まれつき?何かさっき怒鳴ってたけど、喋れはすんの?)」


口の動きを読むことが困難なほど早口で話を進めていく彼は、前にわたしの所へ千冬との事を言いに来た後輩の様に悪意はない。

彼からはただ、難聴者であるわたしへの興味があるだけで。彼にとって聴覚障害者が珍しいだけだという事は分かっている。

敵意も悪意もないのだと、分かっているのだけれどやっぱり、わたしはこういうのが苦手だ。


聴覚障害者と接する事のなかった人がわたし達に興味を持つ事はとても重要で、そこから支援だったりコミュニティだったりが広がっていく事もある。

だけど、そこに悪意や敵意がなかったとしても時にその言葉は、人を傷付けてしまう事もある。

さっきのわたしが千冬に八つ当たりしてしまったみたいに─────。