「(帰る)」
ツンと一瞬だけ腕に触れた千冬がそう言って歩き出すから、わたしはその後を追うことしか出来なくて、さっきの続きを口に出来る様な雰囲気ではなかった。
どうして千冬は急にわたしから離れたの?
なんて、愚問過ぎるのかもしれない。
そんなの、わたしの耳が聞こえないからだ。
他人よりは近くて、だけど家族ではない千冬は、もしかしたら誰よりも悩んで、苦しんで、受け入れてくれなかったのかもしれない。
受け入れる事が出来なかったのかもしれない。
だけどそれでも千冬が手話を覚えようとしてくれたのがわたしがキッカケだったなら─────。
わたしのことを嫌いになったわけじゃなくて、聴力のないわたしを受け入れられないのだとしたら────。
ねえ、千冬は今、何を思ってる?
三年前より大きくなった背中に心の中で問いかけても答えは返ってこなくて。
切なくて、寂しくて。
それなのにどこかふわふわしている心は千冬と偶然会えたからだろう。
願いが叶って、一緒に花火を見られたからだろう。
「受け入れてよ、千冬⋯」
浮かれていた。
間抜けなくらいに、浮かれていた。
千冬がわたしの為に手話を覚えようとしてくれたんだって、それならまだ前の様にわたしに笑いかけてくれる可能性はあるんじゃないかって。
この時のわたしは千冬の悩みも苦しみも辛さも全部に目を逸らして、ただただ自分のことしか考えていなかったんだ。
千冬の本音が溢れたのは何もかもが変わってしまったあの季節が近付いてきている頃だった。



