千冬が誰かとお祭りに行くのが嫌という事は、イコール、わたしとだけの思い出にして欲しいという事で。
その感情は一般的には独占欲と呼ぶのだろう。
「ち、千冬っ⋯!」
数歩先を歩く千冬を呼べば、足を止めてこちらを振り返る。その表情はやっぱり冷たくて夏のじんわりとした暑ささえ忘れてしまいそうになる。
三年前は、笑い合っていたのに。
一緒にお祭りに行って、屋台を巡って花火を隣で見上げたのに。今はこんなにも千冬が遠く感じる。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、千冬が遠い。
千冬を見ると泣きたくなる。
聴力を失ってしまう前を思い出す。
千冬の心を苦しめる自分が嫌になる。
向けられる瞳に怖くなる。
お祭り、一緒に行きたかった。
他の誰かじゃなく千冬と行きたかった、ずっと。
だけど、今こんなタイミングで泣いたりなんかしたら更に呆れられてしまうだろう。面倒くせぇって一蹴されてしまうだろう。
呼び止めたにも関わらず声を発すれば目の縁に溜まった涙が零れ落ちてしまいそうでグッと唇を噛む。
「(⋯⋯六花)」
この時千冬はわたしの名前を呼んだけれど、俯いていたわたしはその事に気付く事が出来なかった。
こうやって、わたしは今まで沢山の事を見落としてきたのかもしれない。
俯いたままの、じんわりと滲んでいく視界の中に千冬のひらりと手が入った事で顔を上げる。
上げた先の千冬の瞳の中は、色とりどりの光が反射していて。
「(六花、あれ)」
わたしの背後の宙を指さした千冬にわたしも後ろを向く。
────────先にあったのは、夜空に咲く花。
日が完全に落ちて真っ暗に染まった空に打ち上がるのは、色とりどりの花火。
静かに空に昇り、鮮やかに夜空を彩っていく光彩に息すら止まった。
「ぅ、わあっ⋯!」
そして息を吐き出せば、無意識のうちに零れる歓声。
「千冬っ!花火!始まったね」
さっきまでの切なさが霞んでどこかへと飛んでいき、千冬の方へと再び顔を向ければ千冬も同じ様に空を見上げていて。
その虹彩には、現実世界とは思えないくらい美しい色が乗っている。
「綺麗だね、千冬」
どんどんと打ち上がり咲いて、散っていく花火も、それを見上げる千冬も、全てが綺麗でそう口にすれば、花火の音で聞き取りづらかったのか千冬が首を傾げて少し体をわたしの方へと傾けた。
わたしの世界は相変わらず静かだけど、今、千冬の世界は花火の轟音で周りの音もよく聞こえないのだろう。
もう少し大きな声で言わなくちゃ⋯。
──────でも、
左手のひらを上向きにし、右手をそこに合わせた後、合わせた右手を横に滑らせる。
「(⋯⋯綺麗?)」
伝わるかなんてわからなかった。
だけど確かに千冬の唇はわたしが伝えたかった言葉を紡いだんだ。
「千冬、手話、分かるの⋯?」
耳が聞こえなくなってから千冬がわたしを避ける様になるまでの間、千冬はいつだってわたしの傍にいてくれた。両親と同じくらい、献身的に支えてくれていた。
だけどもう、それから暫く経つ。
中二の冬に事故に遭って、春にはもう、千冬はわたしと距離を取った。
だからまさか千冬が手話を分かるだなんて思っていなくて。前に覚えたのだとしても、今もそれを覚えているだなんて想像もしていなくて。
だって、わたしが手話を始めたのは千冬から距離を置かれた後だった。
それまでは筆談や読唇術でコミュニュケーションを取っていて、手話を勉強し始めたのは退院をして学校に通いだした春過ぎからだった。



