「千冬、大丈夫だよ」
だからわたしは、そんな優しい千冬を悲しませたくない。
「さすがにちょっとへこんだけど、大丈夫」
「(大丈夫とか、嘘つくなよ)」
「嘘じゃないよ」
「(⋯泣いてただろ)」
窓枠越しの千冬の髪の毛が生ぬるい風に吹かれて揺れる。中庭の木漏れ日も、揺れる。
その光景が妙に儚くて切なくて、だけど凄く愛しいと思った。
「千冬」
名前を呼べば、僅かに首を傾げてくれる千冬にわたしは何度も救われてきたんだよ。
千冬が居てくれたからわたしは、今笑える事が出来るんだよ。
「わたし、喋り方変かな」
「(⋯変じゃない)」
「普通じゃ、ないかな⋯?」
「(⋯⋯)」
「笑われたり、する様な人間かな⋯?」
たとえ千冬に嫌われていても、それでも千冬に普通じゃないと思われるより何倍もマシだ。
面倒だと思われていても嗤われるよりも何百倍もマシだった。
「(六花は六花だろ)」
その言葉はぶっきらぼうで少しだけそっけなく聞こえるかもしれないけれど、わたしにはそれだけで良かった。
千冬がわたしを六花だと言ってくれるだけで、それ以上でも以下でもないわたしを見てくれるだけで、それだけで満足だった。
「うん。ありがとう千冬」
そう言って笑ったわたしに千冬は一瞬目を細めた後、背を向けて歩き出す。
その背中を追いかけたくてもわたしは中庭で千冬は校舎の中。一階とはいえさすがに窓を乗り越える事は出来なくて、わたしはもう一度「ありがとう!」と言って千冬に背を向けた。
その後ろ姿を一度立ち止まった千冬が振り返って見ていた事なんて知る由もなく。
「六花、ごめん」
その呟きは、千冬以外誰の耳にも届かなかった。



