透明を編む 【完結】

どれくらいそうしていたんだろう。

ゆっくりと目元から手が離れて目の前に光が戻ってきた時には、さっきまでそこに立っていた三人の姿はなくて、変わりにわたしの背後で開いた窓の向こう側には無表情でわたしを見下ろす千冬がいた。


「千冬⋯?」

「(⋯何?)」

「何、したの⋯?」


その質問に答える事なくそっとわたしの頬に手を伸ばした千冬は少しだけ強引に涙の跡を擦った。
その指先が擽ったくて思わず肩を竦めると、千冬の唇が僅かに動く。


「(⋯六花)」


そして頬を撫でていた指先を隠すように手のひらを閉じた千冬がわたしから手を離して、今にも泣きそうに顔を歪めた。


「千冬⋯?どうしたの⋯?」

「(⋯六花)」

「⋯なぁに?」


聞こえないけど、聞こえないけど千冬の声が震えている気がして笑顔を作ればまた更に千冬の表情が揺れる。

だからわたしは更にまた、笑った。

千冬が泣きたい時はわたしが励ましたい。

時にはただ黙って寄り添って、一緒に泣いて。

こんなの調子乗ってるって思われちゃうかもしれないけど、わたしが笑ってる事で千冬に安心してもらいたいんだ。

だってきっと千冬が泣きそうなのはわたしのせいだから。


例え千冬がわたしの事を避けていても、聴力を失ったわたしが面倒だったり距離を置きたがっていたとしても、千冬はどこまでも優しい人だから。

温かい人だから。

わたしが耳のことで何か言われたら同じ様に悲しんでしまうと思うんだ。

きっと今だって近くでわたし達の会話を聞いていて間に入ってきてくれたんだと思う。

そして守ってくれたんだと、自惚れじゃなく思う。