「( 耳が聞こえないって普通じゃないじゃないですか)」
「⋯⋯っ」
「(千冬先輩もわざわざそういう所にいかないよなって)」
悲しみからか、怒りからか、恥ずかしさからか、唇が震えて視界が滲んでいくのをギュッと手のひらを握って堪える。
自分が普通じゃない事なんて分かってる。
わたしは聴覚障害者で音のない世界で過ごしている。それが普通ではない事なんて誰かに言われなくたって充分理解してる。
だけど、普通じゃないけれど。
わたしは普通だ。
一人の人間で、それは健常者と何も変わらない。その他大勢の人と同じ、ただの普通の人間なんだ─────。
そう思うのに、今声を発してしまったら必死で堪えている涙が零れてしまいそうで黙っているわたしに、都合がいいと彼女たちは更に追い打ちをかけていく。
「(あと、喋り方。少し変ですよ?)」
「っ」
「(やっぱりちょっと発音が)」
聴力を失って今年で三年。
あまり気にした事も指摘された事もなかったけれど、やはり段々と発音は変わってきてしまっているのかもしれない。
自分の話し声も聞こえないから、自分ではちゃんと発しているつもりの声も僅かにズレてしまう事もあると、医師に説明を受けた事がある。
聴力を失ってしまった事を、受け入れたつもりだった。
今でも受け入れようと必死になっている。
もう聴力が戻る事がないなら、わたしはろう者としての自分と歩んでいかなければならないのだと、前を向こうと、思っていた。
だけど⋯、
だけどさすがにちょっと、
────────キツいなぁ。
目の前で薄ら笑いを浮かべる彼女たちの声は聞こえないはずなのに、悪意が込められた音が頭の中に響いていく。
じわりと視界が滲み、世界が歪んで、口の動きが読めなくなって。
真ん中の彼女が何か口を動かしている事だけを認識しながら頬に流れた涙を拭った時─────、
わたしのすぐ後ろから手が伸びてきて─────。
視界が真っ暗になった。
「な、なにっ⋯?」
一体何が起こったのか分からなくて視界を遮るものをどかそうと触れればそこには体温があって。
僅かに香るシトラスの匂いにそれが千冬の手だという事を理解するのに時間は掛からなかった。
「ち、千冬⋯?」
視界を遮られてしまうと、わたしは何の情報も得られなくなる。それはとても恐ろしいはずなのに、すぐそこに千冬がいるってだけでその恐ろしさは消えてなくなるんだ。



