透明を編む 【完結】




その日から朝千冬に「おはよう」と言うと怠そうながらも「おはよ⋯」という言葉が返ってくる様になって、相変わらずそっけないし昔みたいには接してくれないけれどこの約三年の事を思えば、ほんの少しだけ千冬との距離が近くなったんじゃないかって自惚れている。


「(そういえば六花ちゃんは夏祭り行くの?)」


夏の暑さが本格化する夏休み直前、授業を終えた海人先生が荷物を片付けながら言った。


「夏祭り⋯ですか?」

「(八月にあるでしょ?)」


確かに地元で毎年開催されている夏祭りが八月にある。夏祭りといっても花火大会も兼ねていて、その花火の規模は結構大きくて毎年大勢の人が足を運んでいるお祭りだ。

わたしの耳が聞こえなくなってしまうまでは毎年、千冬と行っていた思い出のお祭りでもある。


「今年は⋯行かない、ですかね」

「(去年も行かないって言ってたよね?)」

「⋯⋯あんまり人混みとか好きじゃなくて」


そう言って曖昧に笑えば海人先生は「そっか」とそれ以上何も言うことはなかったけど、その理由が咄嗟に思い付いたものだという事はきっとお見通しなんだろう。


「先生はお祭り行くんですか?」

「(俺は⋯⋯まぁ、大学の男友達と寂しくね)」

「⋯彼女さんと別れちゃったんですか?」


あまり先生と恋愛の話をする事はないけれど、それでも世間話の延長みたいな感じで恋バナをする事はあって。だから先生はわたしが幼なじみを好きな事を知っているし、わたしも先生から彼女さんの話を何度か聞いた事があった。

だけどどうやら確か去年の冬までは付き合っていた彼女さんとお別れしてしまったらしい。


「(ホワイトデーをすっっっかり忘れちゃって)」

「それは⋯彼女さんも怒りますよ」

「(そうだよねぇ⋯。ま、でもその前から色々とすれ違いもあったし⋯ね)」


苦笑いを浮かべる先生は歯切れが悪かったけど別れた事を後悔している様には思えなくて、大人は色々とあるんだなあ、と思った。