「(⋯満足したかよ)」
千冬の手が止まり、鍵盤から離れる。
その表情はやっぱり冷たかったけど、不思議と泣きたくはならなかった。そりゃあ確かに悲しくはなったけど、でも、少しだけ希望が見えた気がしたから。
千冬はやっぱりどこまでも優しくて、わたしの大好きな千冬のままだって、そう思えたから。
千冬はわたしの事を嫌いかもしれないけど⋯。
「ありがとう、楽しかった」
「(楽しい?)」
「うん。凄く楽しかった」
千冬とこうして話す事が出来て、久しぶりにピアノを弾く千冬を見れて。
そう伝えれば千冬は何も言わずに音楽室を出ようとするから慌ててその後を追い掛ける。
「一緒に帰ろう⋯?」
「(何で?)」
「何でって⋯方向同じだし」
「(⋯⋯だからって一緒に帰る必要はないだろ)」
「でももう暗いし⋯途中まで送って欲しい、かも」
夏が近付いてきているとはいえ、街灯の灯りが必要になってくるくらいの暗さの窓の外を指させば、分かりやすく千冬がため息を吐いたのが分かった。
先生よりもずっと深いため息だ。
「(話しかけんなよ)」
そして立ち止まり念を押すように、嫌味のように唇をゆっくり動かした千冬はそのままスタスタと先を歩いていく。
その一連の行動に一瞬ポカンとしてしまったけどこれはつまり、一緒に帰ってもいいって事⋯だよね?
話しかけてはいけないらしいけど、一緒に帰る事は許してくれるらしい千冬にお礼を言って、その背中を追いかけた。



