翌朝、教室の席に座って千冬を待っていれば、千冬がやって来て。
「お、おはようっ⋯」
眠いのかゆったりとした動作で席に座ろうとしている千冬に声を掛ければ、気怠げな瞳がわたしを捉える。
「お、おはよう」
好きな人だからなのか、嫌われているかもしれないからか、はたまたそのどちらもなのか、千冬の瞳にわたしが映る度に運動量が増す心臓。
ただ挨拶をしただけなのに怪訝な表情を浮かべる千冬に若干泣きそうになりつつもここでめげたらダメだと自分を鼓舞した。
「あ、のね⋯、」
「⋯⋯」
「千冬に聞きたい事があって⋯」
「(聞きたいこと?)」
ほんの三年前まで普通に言葉を交わしていたのに。
お互いのことを一番理解しているのは自分だって思えるくらい同じ時間を過ごしていたのに。
今は千冬が返事をしてくれるだけでこんなにも嬉しい。
声の低さもニュアンスもわたしには感じる事が出来ないけど、それでもこうして千冬と話せる事が本当に嬉しかった。
わたしは千冬の口の動きが一番わかる。
きっと本人は無意識なのかもしれないけれど、わたしと話す時に千冬は少しだけゆっくり言葉を発している。ハッキリと1音1音口にしている。
それはきっと、わたしだから気づけた事。
音の聴こえないわたしにだから、本人でさえも無意識のうちにしている微妙な変化に気づけたんだ。
ぎゅうっと締め付けられる胸を抑えて、朝登校する時に考えていた事を口にする。
「千冬はっ、どの季節が好きっ?」
我ながらくだらない質問だなと思った。
だけど他にさり気なく千冬と話せる話題が見つからなくて、丁度はらりと目の前を舞った桜の花びらを見てコレだ!と思ったんだ。
だけどうん、わかってる。
千冬の表情を見て失敗したなって。だけど後にも引けないわたしは勝手に話を続けた。
「わたしはね、冬が好きかなぁ。春は桜が綺麗だしポカポカしてるし魅力的だけどやっぱり冬が好き。夏も秋もいいなと思うんだけど⋯」
「(⋯⋯)」
「冬って雪が降るでしょ?わたし、昔から雪が好きで⋯あと、誕生日も冬だし⋯」
雪が好きなのも、誕生日があるから冬が好きなのも本当。
だけど冬が一番好きな理由は、自分の誕生日じゃなくて千冬の誕生日があるから。冬という字が名前に入っているから。
「千冬は、どの季節が好き?」
わたしの世界はいつも静寂を保っている。
自分の声も、心臓の音さえも聞こえないけれど、わたしの心臓は今ドクン、ドクンと緊張しながら千冬の言葉を待っている。
あの頃のように、戻りたくて。
ゆっくりと動いた千冬の唇の動きを、懸命に読み取った。
「(⋯好きな季節なんてねぇよ)」
「(つうか、話かけんな)」
間違えたと思った。
わたしが千冬の口の動きを上手く読み取る事が出来なくて、間違えて読んでしまったのだと、思いたかった。
だけど千冬の口は確かにそう動いていた。
まるで心底嫌いな物を見るようにその瞳に光を無くしてわたしを捉える千冬に、わたしがきちんと読み取れている事は疑いようがなかった。
話しかけんな、か⋯。
なんとなく予想していた通りだったけど、もしかしたらまた前みたいに話してくれるかもしれないという僅かな期待をしてしまった自分が物凄く恥ずかしくなる。
千冬の瞳はもうわたしから逸らされていて、そっぽを向く様に廊下側に向けられた顔にギュッと胸が痛んだ。



