その2
夏美


「お姉さーん、早く守備ついてよー!」

ちょっとー、ウソでしょー…

私は父から受け取った、…いや、押し付けられた両手に乗っかってるグローブに視線の落し、呆然となってた…


...



”もう…!仕方ないなー!”

私はブツブツ言いながら、守備位置らしき場所にグローブをはめて立ったわよ

ボール来ないでよ…、来たら逃げるし…

まあ、こんなことを小声で呟きながら、バッターを見守っていたら、あという間に二人の打者が内野ゴロで3アウトになったわ

ふう…、助かった~


...


「よーし!チェンジだー。ええと、次の打順は8番からか…、ああ、お姉さんだ!」

はー?

今度は、私にバット振れっての…

「さあ、お姉さん、バッターボックス入って!」

勘弁してよ…

...


「あのさ、無理だよ。バッターはパスよ」

「ダメだよ、おじさんと約束したんだから。さあ、内野ゴロでもセーフになるその速い足、見せてよ。なあ、みんなも見たいよなー!」

「見たいー!」(ほぼ全員)

こいつら、お父さんの大ぼら信じてるのかって…

マジで…

もう逃げ出したくなったわよ…

...


私は仕方なく、重い足を引きずってバッターボックスに入ったわ

もう…!

なんで私がこんな目に会わなきゃなんないのよ

試験中だってのに…

...


”ブ~ン…”

”ストラーイク!”

”ブ~ン…”

”ストラーイク!”

「あーあ、お姉さん、ぜんぜん当たんないんじゃ、その速い足見れないよ」

「せめてバッドに当ててよー、お姉さん。もうツーストライクだよ!」

うるさいわね…、この子供たちは…

私だってボールに当てるつもりで振ってんのよ!


...



フン…、どうせあと一回空振りならそれでお終いよ!

次の打順が回ってくるまでには、そのスイッチ何とかって男が来るでしょーしね

きっと、角刈りかなんかで汗臭そうなデカい男よね

私は半ばヤケになって、ブンブン素振りなんかやってね(苦笑)

で…、バッターボックスに入ってバッドを構えた、その時だったわ


...


「あー、聖一兄ちゃんだ!」

「お兄ちゃーん!早くー!」

「おー!お待たせー…」

ふう…、やっとお目見えのようだわ、スイッチ何とかさん…


...


あれ…?

角刈りじゃあないや…

ぜんぜんイメージ違った

スイッチ何とかのお兄さん…


...


「もー、遅いよ、聖一兄ちゃん!」

「すまん、すまん…。バイクの調子おかしくて、バイクショップ寄って来たんでさ。あら?…この女の子は…?」

「お兄ちゃんのスウィング見たいんだって。それで、今までお兄ちゃんの代わりやっててくれたんだよ。このお姉さん、高校の陸上部だって!」

「すごく足早いんだって。しょぼいゴロでもさ、あっという間に一塁に走っちゃうって」

この子達…

お父さんの出まかせ、鵜呑みなの…?

頭痛くなってきたわよ


...


「ほう…、そりゃすごい…」

スイッチの人、そう言ってなんか、私をニヤニヤして見つめてるじゃない…

「ああ…、ちょうどこのお姉さんの打順でさ、ツーストライクノーボールだよ。どうする、お兄ちゃん…」

「ああ、私はもういいですから。はい、バット…」

そう言って、私は右脇に立っていた”その人”にバッドを手渡したわ

「よし!じゃあ早速、いくか!」

「お兄ちゃん、今日のピッチャーはサウスポーだから」

「わかった。なら、右で打つか…。ああ、彼女、せっかくだからその自慢の俊足見せてもらうよ」

なんか、嫌な予感がする…


...


「ええっー!それ…、どういうことなんですかね?」

「はは…、今話したまんまさ。俺が打ったら、とにかくベースめがけて全力で走ってよ。ゴロだろうがフライだろうが、バッドにボールが当たった音したすぐに…。全力で走るんだ…」

「いえ、あの…、私はとても、そんな…」

「みんなー、今日の連続30安打目は、この足の速いお姉さんにかかってるんだぞー!しっかり、応援頼むぞー!」

「おー!お姉さーん!がんばれー!」

「…」

これ、悪夢でしょ…