「あの、先日はどうもありがとうございました!おかげで本当に助かりました。お礼が遅くなってすみません」

もう1度、ありがとうございましたと言って、明日香は深々と頭を下げた。

すると、
「…………誰?」
しばらくの沈黙の後、低い声がした。

(え、人違いかな?)

一瞬そう思ったが、この低い声には聞き覚えがあった。
あの時も、こんなふうに低い声で短く返事をされたっけ。

「あ、あの。この間の生放送で、コットンキャンディの、りなちゃんの衣装が破けて…」
「ああ、あの時の」

どうやら思い出してくれたようだ。

「はい、そうです。本当にありがとうござい…」
もう1度頭を下げようとした時だった。

不意に男性が、明日香の左手を掴み持ち上げる。

「え、あ、あの…」
明日香が驚いて固まっていると、しばらくじっと明日香の手を見つめたあと、再び低い声で言う。

「もう治ったのか?」
「は?な、治った?とは…」
「指」

ひと言そう言って、明日香の左手の人差し指を触る。

「え…?ああ!はい。そんな、ちょっと針が刺さっただけで、そんなのもう、すぐに、はい」

あの時刺した指のことなんて、明日香ですら忘れていたのに、まさか気にしてくれていたとは。

「おーい!(しゅん)、置いてくぞー」

離れたところから声が聞こえ、男性は明日香の手を離すと無言で去って行った。