「撫子」


 走るのに疲れ、歩きながら火照った身体をひんやりとした空気で冷ましていると、ふと私を引き留めた低い声。


 バイト中なのに抜けてきて、なおかつ追い付いてくんの早いな?この辺はチャリもバイクも通れないし、大好きなバイクはその辺に置いてきたか?


 と思いながら振り向くと、ぱっとしない顔のやつが私を見てにやついていた。


 私の名前を呼ぶくらいだからてっきりあいつらのうちの誰かかと思って気にしなかったけど、ふつーに声が全然違ったわ。一瞬でもこんなぱっとしないやつと顔面兵器を間違えたなんて、さすがに罪が重い。


「ビンゴじゃん。噂どおりかわいーな」


 ぱっとしない顔の分際でこっち見ないでよ。ぱっとしないのがうつるじゃん。ってか、そのド派手な金髪、顔が霞むからやめといたほうがいいよ。


 ……とか言ったら殴られそうだし言わない。一目見て不良だろうなとわかる風貌をしているから。


 ごてごての指輪はもはや武器に見えてくる。あれで殴られたら絶対痛い。


 ワックスで固めた髪の隙間からは、治りかけの痣みたいなのがチラリと見えた。普通じゃない喧嘩をしていると言っているようなもんだ。