私たちは、グランプリシリーズに参加すべくアメリカへと向かった。

私にとっては、2年ぶりの国際試合だ。

周りを見渡すと、この2年間テレビの中で見ていた有名選手達がいた。

女子選手は、私が大会に出場していなかった期間で大きな変化を遂げていた。

2年前は、トリプルアクセルを跳べば必ず表彰台に登れると言われていた。

私も当時は、トリプルアクセルを跳べる数少ない選手だった。

だが、現在は、トリプルアクセルは、もちろんのこと、4回転を跳べる選手が次々と現れた。

いわば4回転時代が到来していたのだ。

今もアイスリンクのあちらこちらで4回転を決める音が鳴り響いていた。

その音が私にプレッシャーをかけた。

私は、怪我の影響であれ以来トリプルアクセルの練習をしていない。

もう2度とあんな怖い想いは、したくないと思うと、跳ぶことができなくなった。

だけど、私は、今できることをしようと。

2年間私を待ってくれていたファンの人、コーチをはじめとする私を支えてくれた人々のために滑ろうとこの地に足を踏み入れたのだ。

公式練習が終わり、リンクから出ようとすると、女子選手の悲鳴のような声が聴こえてきた。

彼が現れたのだ。

オリンピック2連覇を果たした佐藤舞斗の登場だ。

彼の登場と共に、記者たちによるカメラのフラッシュの音が鳴り響いた。

「Maito! Long time no see!」

多くの女子選手が彼に駆け寄った。

「Oh! I'm happy to see you!」

彼は、そう言いながら女子選手を抱き寄せた。

こういう時に思うんだ。

海外選手だったら、私も彼とハグができたのだろうか。

海外選手のことを羨ましく思う自分がいる。

多くの女子選手に囲まれていた彼を遠くから見ていた私だったが、彼と目が合った気がした。

手を振ってみると、彼が振り返した。

そしてこっちへと近づいてきた。

「ゆり、今練習終わったの?」

彼の問いに言葉を発さず、頷き、立ち去ろうとした。

そうすると、彼が

「おい!無視かよ!」

と私の手を引っ張ってきた。

「私なんかと話さずに、可愛いあの子達と話してきたら?」

自分でも分かるぐらいの嫉妬だ。

「あの子たちと話すより、ゆりと話す方が楽しいからさ。」

そうやってまた彼は、私に思わせぶりな態度を取ってくる。

彼は、そういう人。

誰にでも優しくする。

私にも、ここにいるすべての人々に。

でも彼がこういう言葉をかけてくれた時、なんとも言えない優越感を感じる。

私だけは、違うんだって。

いい意味ででも悪い意味でも彼を囲んでいる女性たちとは、違う。

一生側にいることができて、一生彼の1番近い存在にはなれない。