「オリンピック2連覇するのが昔からの夢だったじゃん?引退するの?」

わたしは、彼に素朴な疑問をぶつけた。

そうすると、彼は、言いにくそうな顔で口を開いた。

「うーん。どうしようか悩んでるんだ。」

そう答える彼に私は、昔のことを思い出し、彼に尋ねた。

「お母さん?」

すると、彼は、ものすごく悲しい表情を浮かべながら頷いた。

「やっぱりあの時のこと引きずってるの?」

「なのかもなぁ。」

彼がお母さんの話をする時は、いつも苦しそうだ。

そんな苦しそうな彼をほっとけない私は、彼のことが好きなのだと思う。

彼と初めて会ってから15年という月日が経つ。

15年間チームメイトとして親友としてずっと側にいた彼を好きだと気づいたのは、

4年前に彼がオリンピックで初めて優勝した頃だったと思う。

「フィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得しました、五十嵐舞斗選手にお越し頂きました。どうぞ。」

彼がオリンピック優勝後、彼の知名度は、右肩上がりに伸びていった。

それまでアイスリンクで毎日会っていた彼と中々会えない日々が続いた。

そしてそれだけじゃなく、

知名度に伴い、周りの女性たちが彼を放っておくはずがなかった。

私しか知らなかった彼の良さを周りの人も知っていくようになった。

彼を取られるかもしれない。

そして、その嫌な予感は、的中したのだった。

ある日、中々アイスリンクで会えなかった彼が久しぶりに練習にやって来たのだ。

私は、彼を見つけた瞬間、素早く彼のもとに駆け寄った。

「舞斗!久しぶりだね!元気だった?」

「おう。テレビ局でたくさんの芸能人と会えたよ。」

彼は、嬉しそうに私に報告してきた。

「ふーん。そうなんだ。」

「なんだよ。興味ないのかよ。」

「いや。…き、れいな女性もいっぱいいた?」

勇気を出して聞いた私の質問に、彼は、誇らしげな表情を浮かべながら頷いた。

「そうなんだ…連絡先も交換したりしたの?」

お願いだから私のする質問のすべてにいいえと答えてくれと願いながら彼に質問攻めをした。

でもそのすべての質問に彼は、イエスで答えたのだった。

「教えたの?」

「うん。教えたよ。女優の都さらさんの連絡先も獲得したんだ。すごいだろ?」

女優の都さら。

彼が最も好きな女優の1人だった。

彼の言葉に上手く笑えていただろうか。

精一杯の作り笑顔を浮かべた。

その後しばらくして、

彼は、都さらと付き合い始めた。

それまで当たり前に隣にいてくれると思っていた舞斗が他の女性の物になったときに初めて

わたしは、

彼のことを好きなことに気づいた。

でも気づいたときには、もう遅かった。

彼は、他の女性の彼氏になっていた。

そう気づいたとき、私は、この現実を受け止めるのに時間がかかった。

その辛さを乗り越えるためにより一層練習に励んだ。

しかし、私がこんなにも苦しんだのに、彼らの関係は、長い間は、続かなかった。

しばらくして、彼から告げられたのである。

都さらと別れたことを。

彼女と別れたあとの彼は、相当荒れていた。

そんな彼を励まし、24時間一緒にいてあげた。

なんて都合の良い女なんだろうと思いながらも私は、他の女性とは違うんだと思いたかったのだろう。

だけど、彼は、わたしを彼女に選ばなかった。

その後もあらゆる芸能人と付き合っては、別れてを繰り返した。

しばらくして気づいた。

彼は、特定の女を作らないことに。

彼は、彼女ではなく多くのセフレを作り、遊ぶようになった。

そんな彼を見て、思った。

私は、そんな彼にとって都合が良いセフレなんかより常に側にいてあげる親友という立場を選ぼうと。

彼に愛してもらえなくていい。

彼女にしてもらえなくていい。

ただ一生側にいる親友でいようと。