ラストの矢



その日…、テレビのワイドショーでは、一斉に流子がマスコミ寄せた手記の残りを”全文公開”した。
ポイントは、彼女が甲田サダトと互いの愛を告白しあったのは、4年前…、彼が芸能界にデビューする直前であったこと。


そして、その時初めてのキスを交わし、流子は彼の性癖を理解、許容したと…。
そのことはサダトにも伝えたと…。


つまり、自分はサダトが年上の永島弓子と出会って付き合う前に、彼と愛し合っていたことと彼の心の悩みを二人で共有していたと、この時点で”追告白”したことになる。
この事実についてはあらかじめマスコミ側へ、流子の方から公表する時期をずらしてほしい旨を申し入れていたのだ。


ここに、流子の究極の狙いが隠されていたのではないか…。


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”…サダトさんは私に、浦潮に引き込まれた体験で人の愛し方と自分が望む愛され方が劇的に変わったと、そう告白してくれました。それは、ひとつの愛では満たされないことを意味し、そのテッペンは海に捧げる愛だと。私には、一人の人間の男性として、守る、包みこむという立場で愛しいくつもりだと言ってくれました。それは当時、私がまだ中学1年生という年齢的なところを慮ってくれてた面があったったんだと、今からするとそう思えるのです”


”…従って、この時の彼にはもうひとつの愛され方が必要だったのでしょう。一旦海に還され、再び人間社会で生きる自分の、人とは違う性欲のカタチを理解し受け入れてくれる存在を…。おそらく年上で、その世界の大先輩である永島弓子さんには、そんな愛され方を求めていたと思います。でも、年下の私への愛も抱いたままだったはずです”


”…彼は永島さんには、そこの部分でどこか負い目もあって、自分をさらけ出しきれなかったのかもしれません。ですから、今の私は彼の通常では理解し難い内面の本当のところをファンの方たちに知ってもらい…、その上で、永島さんとのお付合いと決別の過程は事実を世間に認知してもらいたい気持ちでした。そこで、こういった行為に出て、私の知りえることを公にした次第です”


”…しかし、私が高校16歳になって、この8月に大岬で再会した彼からは4年前の愛し方ではなく、もうひとつの愛され方を私に求めてくれました。私は彼の内面を深く理解した上で、それを受け入れました。二人は心と体両方でその愛を確かめ合い、誓い合いました。…ですから、彼との本当の交際過程を認めてくれた永島さんには感謝していますし、申し訳ない気持ちもあります”


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手記はこの後、最終結論に至る…。


”…今回、サダトさんがあのような衝撃的な形で自ら命を絶ったことは、言葉が出ないほど悲しいですし、やはり自殺は身勝手な行為だと思います。いずれあの世で彼と再会したら、しっかり叱りつけます。でも、私には何故なの?という気持ちはないんです。彼はずっと自分自身と戦っていたし、いずれ海の捧げものになる決意は変わらなったでしょうから。この夏、私と深くつながって、彼はやっと自由になれた。それを私は理屈抜きで理解できるんです”


”…私がお伝えできるのは、ここまでです。今でも心の底から慕い、愛している彼の尊厳はできる限り守ってあげたい。これが一番でした。その一方で、レッツロールのメンバー、事務所関係者の方々、そしてこれまでずっと応援してくれたサダトさんのファンの皆さんには、彼に代わって、心よりごめんなさいをさせていただきます。また、一般人の高校生に過ぎない私の、このような出すぎた行為では、大変お騒がせしました。どうかお許しください…”


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かくして、潮田流子のこの赤裸々でストレートな”最終発信”は、多くの”人々のココロ”に届いた。
それは見事なまでに。

なにしろ、そのタイミングがサダトとの交際過程を訂正・謝罪し、彼の性癖にNGをだしたと永島弓子が公に認めた後、即だったことが、何しろ世間の”理解と共感”を勝ち取ったのだ。


言うなれば、永島弓子叩きが一息つけば、世論の揺り戻しがサダトの自刃行為の是非に向かってくることを読み込んだ上で、その前の対処を怠らなかったと。


流子は、サダトと愛しあう気持ちを交わしあったのが4年前であったと正直に告げ、その上でサダトが永島弓子との交際を始めた間も自分の存在が彼の心にずっと宿っていたことを認め、それをサダトの内心を掬い取った形で永島に二通りの”謝意”でリターンしたのだ。


世間から映った”そのココロ”となれば、極めて異例ともいえる実名での一連の流子によるアクションは、彼の尊厳を傷つけたくない一心に駆られてであって、他意はなかったと…。


それはまさに、永島が正直にサダトとの破局時期を偽っていたことを認め、事実を公表した直後ということで、これ以上ない説得力を得たと言えよう。


極めつけは、彼を全部理解し得ている立場を明らかにした上で、彼の自殺行為については明確に非難し、さらにファンへの配慮を欠かさなかった点で、もはや世論が彼女を中傷する空気は完全に萎えてしまった…。


かくて、すべては流子の思惑通りになった…。


”フン…!永島なんかに世間の同情を与える訳にはいかないわ。もっと苦しめばいいのいよ。そうよ、きっとそうなるわ…(薄笑)”


流子はこう確信していた…。