「桜良ちゃん、いらっしゃい。
やっと店に顔出してくれた」

私達が話しているとバーテンダーの
伏見禅(ふしみぜん)
が嬉しそうに話しに割って入ってきた。

それがこの禅ちゃんだ。

禅ちゃんは私が通信制高校で出会ったとき出来た唯一の友人だ。
私が通っていた通信制高校はほとんどが家庭学習なのだが、たまに文化祭や修学旅行、体育祭などの行事の催しはあった。

行事は自由参加だったのだが、
当時、かなり人間不信に陥っていた私は
これでは駄目だと思い切って修学旅行に参加したのだ。

しかし、すでに友達の輪は出来上がっていて
その輪に入っていくことができない私は、旅行先の京都を一人で観光して周っていたのだ。

“さ~くらちゃんっ、一人なら一緒に周ろう♪”

そこに話しかけてきてくれたのが、 
禅ちゃんだった。
禅ちゃんはとても不思議な雰囲気の男性だ。
優しくてまったりとした話し方で
とても聞き上手。
話していると、ふんわりと癒やされるのだ。

一言で言えば、ゆるふわだ。

でも、そんな禅ちゃんは
女性関係もかなり緩かった。

優しくて不思議な雰囲気に囚われた
女の子は数知れず。
それでも、特定の彼女を作らない。
複数の女性に同時にアプローチされて
同時にOK出してしまうようなぶっ飛んでるところがある。

そんな禅ちゃんに修学旅行先で声を掛けられて戸惑ったものの、結局禅ちゃんのペースに巻き込まれて一緒に周ることになったのだ。

禅ちゃんには壁というものがない。

人間不信だった私でさえも
なぜか自然と悩みを打ち明けてしまうほどだ。

そして、聞き上手な禅ちゃんに
相談をしているうちに
“そんなに自分の顔に自信がないのなら整形してみたらいいんじゃない?”
とけろっと言ってのけたのだ。

“そんなの駄目だよ!!親が悲しむ!”

親からもらった体にメスを入れることでお父さんやお母さんを悲しませるのではないかという不安が頭を過ぎり、私は頑なに顔を横に振った。

そんな私に
“なんで?桜良ちゃんの人生でしょ?
それにお父さんもお母さんもきっと桜良ちゃんが笑顔で暮らしていくことを望んでいると思うけど”
と禅ちゃんは優しく背中を押してくれたのだ。

その通りだったと思う。

整形手術をしてダイエットにも成功して少しだけど自信がついた私は
大学生になると、友達も増えて笑顔も取り戻すことができたのだ。

そして、私の笑顔が増えるたびに
父や母もとても喜んでくれたのだ。

だから、翠と禅ちゃんは私にとって
人生の恩人であり大切な友人だ。