もうごめん、なんて言わないで


「これ歯が痛くて、ちょこっと腫れちゃって」

 咄嗟に嘘をついた。

「おいおい、歯科衛生士が虫歯って」

 顔を逸らし、笑ってやり過ごす。

 香織さんとの話を打ち明けるには心の準備がまだ足らなくて、色々な感情を飲み込んだ。


「あの先生と、なんかあった?」


 私の肩を抱き、彼が不安げに覗き込んできた。

 昨日の別れ際、旭先生とちゃんと話し合う宣言をしていたのをすっかり忘れていた。

 俊介は完全にその話できたのだと思い込んでいるようで、私は思い出したような顔でふるふると小刻みに首を動かす。


「なにもないよ」

 答えると同時に、ぐぅっと情けない音が室内に響いた。

 じわじわと顔が熱くなっていくと、目があった俊介がふっと気が抜けたように笑う。


「お腹すいた? 冷蔵庫になんかあったかな」


 彼の背中がキッチンに向かっていく。

 無意識に立ち上がった私はその背中を追いかけ、大胆にも飛び込んでいた。


「美亜?」
「少しだけ」

 後ろから抱きしめたまま、腕に力を込める。

 不安で、寂しくて、愛おしくて――。背中に頬を押し当て、温もりを全身で感じた。