「……胡桃沢か」
肩を小さく震わせながら現れた瑠奈は、不安定な足取りで歩み寄ってきた。
よく生きていたな、と冬真は内心驚いてしまう。
さすがに火傷や擦り傷が目立っていたものの、あの状況から生還するとは思わなかった。
「何か、大丈夫かよ? 何にそんな怯えてんだ?」
「あたし、殺される……琴音ちゃんに……」
瑠奈は掠れた声で呟いた。
最後のチャンスをみすみす逃したのだ。
次に琴音と顔を合わせたら、忠告通り命はないだろう。
「……厄介だな。瀬名の能力には、どう対処すべきか」
「…………」
冬真は天を仰いだ。
さすがの彼も手を焼いているようだ。
すっかり恐れをなしている瑠奈に、大雅は淡々と事実を告げる。
「おまえの石弾が、慧を殺した」
瑠奈は目を見張り、弾かれたように顔を上げた。
「うそ……!?」
琴音の仲間を死なせてしまったとなると、さらに取り返しのつかない恨みを買ってしまっていることだろう。
でも、と思う。
琴音に殺す気があるなら、もうとっくにやられていたのではないだろうか。
「……何があった? 瀬名から逃げきったわけじゃないのか?」
「気絶させられて、目が覚めたら公園にいたの……。たぶん、あたしが気を失ってる間に飛ばされたんだと思うけど」
律は険しい顔つきで考えるように顎に手を添えた。
「分からないな。瀬名はどういうつもりでそんなことを……?」
何とも腑に落ちない。
冬真も瑠奈も難解な表情を浮かべていた。
「もしかしたら、俺たちを殺せない理由があるのかも」
律は自答するように推測を口にした。
大雅はつい眉を寄せ、視線を彷徨わせた。
その結論で落ち着かれると、殺されることはないのだからと、躊躇なく仲間たちを襲い始めるかもしれない。
何か言うべきだろうか。
けれど、下手なこと言って記憶が戻っていることが露呈すれば、また同じことの繰り返しになる。
逡巡しているうち、先ほどのように屋上のドアが開いた。
各々が反射的にそちらを振り返る。
そこにいたのは、フードを目深に被った男子高校生だった。
例の“もうひとり”だ。大雅は以前に一度だけ相見えた、その存在と照合する。
瑠奈もそうひらめいた。訳ありだという、謎の彼。
「あ? ……誰だ、おまえ」
フードを少し持ち上げ、見慣れない瑠奈を睨めつけた。
顔立ちはどこかあどけない雰囲気だけれど、その頬は返り血で真っ赤に濡れている。
それでも血に飢えたような眼差しは鋭く、視線は残光を帯びているようだった。



