十二月四日。
雪が降った。それほどに低い気温ではないはずなのに。
琴音は教室の窓から外を見た。
幻想的な雪景色が広がるが、慧はノートに目を落としたまま数式を書く手を止めない。
ふと、瑠奈は首を傾げた。
鞄の中からおもちゃのようなステッキが出てきたのだ。
これは何だろう? 身に覚えがない。
バスケットボールが跳ねる。放物線を描き、ゴールに吸い込まれる。
シュートを決めた陽斗は汗を拭った。新鮮な冬の空気が気持ちいい。
瑚太郎はそんな彼にタオルと水筒を差し出してやった。
屋上に出た冬真は、灰色の空を仰ぐ。
ちらちらと降り注ぐ雪に、小さく微笑み呟いた。
「……羽根みたいだな」
学校への道を歩いていた律は、ふと反対側から歩いてくる人影を認めた。
ポケットに両手を突っ込みながら歩く大雅とすれ違う。
大雅は思わず足を止め、振り返った。
……何だろう。
何故か、覚えがあるような気がする。
降る雪を電車の窓から見た日菜は、白銀の風景に息をのんだ。
舞い落ちる六花から寒々しい印象は受けない。
至は駅のホームから綿雪を眺めていた。
さっと吹いた風が、彼の前髪を煽る。心地よさそうに目を細めた。
その一方で、すぐ横の乗車口に立つ依織は、億劫そうにキャスケットを押さえている。
紅は踊り場の窓を開け、外を見上げた。靡くように髪が揺れる。
この雪を見ていると、何だか懐かしいような感覚に陥る。
カッターナイフを握り締めながら、紗夜は俯きがちに歩いていた。
はらはらと舞う雪が髪や肩に白い花を咲かせる。
す、と目の前に誰かの足が見えたかと思うと、雪が止んだ。
見上げると、うららが傘を差し出していた。
見ず知らずの彼女の微笑みに、何故か凍った心が溶かされていくような気がした。
まるで桜吹雪のような雪花を、雪乃は渡り廊下から眺める。
吐息が白く霞んで溶けていく。
この雪を眺めていると、何故だかほっとする。
雪乃に購買へ行くことを命じた莉子と雄星は、楽しげに廊下を歩いていた。
そのとき、不意に莉子が何かに躓き転ぶ。
アリスは伸ばした足を素早く引っ込めつつ、苛立ちながら気付かずに去っていく二人の背を眺めた。
「べ」と悪戯っぽく舌を出す。
それから窓の外を見上げた。
はらはらと雪が舞っている。
*
【部活終わったら連絡して】
【りょーかい】
メッセージで奏汰と放課後の約束を交わすと、蓮はスマホをしまい、学校への道を歩き出す。
幾重にも重なった雲が織り成す、灰色に霞んだ空を仰いだ。
何気なく足を止める。
真冬にも関わらず、何故か春のようにあたたかいにおいがした。
思わず掌を差し出すと、その上に雪が舞い降りて来た。
雪────ではなかった。
「羽根……?」
降っていたのは、真っ白な羽根だった。
不意に掌が強く熱を帯びる。
疼くような熱さに戸惑う。……何だ、これ。
混乱の中で、この羽根が焦げてしまわないか、なんて馬鹿みたいな心配をした。
どく、と心臓が強く打つ。その波動が全身を駆け巡る。
強風に煽られるように、頭の中に何かが流れ込んできた。
頭が痛い。その痛みが引いていくに従い、記憶に蓋をしていた黒い靄が晴れていく。
────気付けば一筋、涙が頬を伝っていた。
「こはる……」
小さく呟く。
いったい何故……忘れていたのだろう。
何より愛しくて大切な存在だったはずなのに。
空を覆う厚い雲の隙間から、柔らかい光が降り注ぐ。
雪のような羽根が止んだ。
その瞬間、掌の羽根が風に乗って飛んでいった。
思わず足を踏み出す。追いかけるように、宙を見上げる。
(……小春)
不意に、眩いほどの世界に包み込まれた。
思わず目を閉じてから、おもむろに開ける。
蓮の眼差しに迷いはなかった。
────彼女を捜そう。
【完】