目を見張り、息をのんだ。

 これまで魔法ガチャでプレイヤーたちが差し出した代償のすべてを小春一人が払わなくてはならない、ということだ。

 勿論、中には“心臓”など即死の代償もあるだろう。

 それでなくとも何百万人というプレイヤーたちの払った代償を一身に引き受ければ、どんな人でも死に至ることくらい明白だ。

 つまり、陰陽師は“皆を救う代わりにお前が死ね”と言っているわけだ。

 まさしく無慈悲である。

「そーいうこと……」

 祈祷師は顎に手を当て、口角を持ち上げた。

 陰陽師が小春に絆されたのかと案じていたが、そういう結論なら、と安堵した。

「…………」

 小春は俯く。考えた。

 考えたが、いくらそうしたところで答えは最初から変わらない。

「……分かった」

「ほう……」

 陰陽師は意外に思った。

 さすがに命と秤にかければ、命をとると思ったのに。

 彼女に迷いや躊躇は見られない。

「でも、もう一つお願いがある」

「図々しいにも程があるぞ。私がそれを聞き入れると思うか」

「でも、聞き入れて。代償なら何でも……私が差し出せるものなら何でも差し出す。私が犠牲になる。だから、お願い────」

「……小賢しい。何なのだ」

 促された小春は、深く息を吸う。

「私から代償を取る前に、皆の記憶から私を消して。私を知ってるすべての人から、私という存在を忘れさせて」

 ふん、と陰陽師は目を閉じた。

「元より記憶は改竄するつもりだ。さもなくば辻褄が合わん。どうせついでだ、貴様がそう言うのならそのように」

「……ありがとう」

 小春は小さく微笑んだ。澄み渡って清らかな顔つきだった。

 覚悟を決めたような、透明な表情をしている。

 陰陽師はそれでも悪態をついた。

「どうだ、英雄になれて満足か? 記憶にも記録にも残らんがな」

 小春には何の利もない。

 小春がここまでしても、誰一人として彼女のこともゲームのことも覚えていない。

 小春が切望した日常は、彼女自身には返ってこない。

 それなのに────。



「…………」

 からん、と祈祷師の下駄が鳴る。

 霊媒師と呪術師のもとへ寄った。

「何か……凄いね。他人のために自分の命を(なげう)つなんてさ。考えらんない。……まぁ、私の命は擲とうにも出来ないから余計に」

 霊媒師は小声で言いながら傘を回した。

「死ぬし、皆に忘れ去られるし、異能も失う。天界で魔術師になることも望まない、か。せっかく戦って皆のために死んだって、自分には何の得もないのに」

 腕を組み、呪術師は息をつく。

「まるで天使だねー、彼女は。……羽根は、折れちゃうみたいだケド」

 祈祷師も小春を見据えた。

 最早、彼女を嘲笑する気も起きない。素直に感心してしまう。

 陰陽師は小春に向き直った。

「……覚悟はいいな」

 小春はそっと目を閉じる。

 不思議と何も怖くない。

「…………」

 心の中で“ありがとう”と唱えた。

 意をともにしてくれた仲間へ、ずっとそばにいてくれた蓮へ。

 ……非日常は終わる。自分たちは、勝ったのだ。

 ────ふ、と陰陽師が手を翳した。