祈祷師は「ひゅー」と口笛を吹く。

「出たー、陰陽師サマの人間嫌い。要は奴らをここに呼んじゃおうってことね」

「自滅も狙える。そもそも自滅覚悟なら、陰陽師がそれより先に叩き潰してくれるんだね」

 呪術師も後に続いた。

 陰陽師は頑なに人間界へ降りようとしないため、向こうを戦いの舞台に選べばこちらが不利だ。

 さらには天界でしか使えない、そして陰陽師にしか使えない、禁忌の異能がある────。

 そのためにも、こちらでやるしかない。

 負けるとは思えないが、こうも分かりやすく宣戦布告されたのでは、圧倒的な力の差を見せてやらなければならない。

 何せ連中は所詮、魔法を借りているだけの、魔術師とも呼べない紛いもの(、、、、)である。

 自分たちを倒すなど、思い上がり過ぎだ。

「……招待してやろう、我々の天界(にわ)へ」



*



 小春たちは、突如として広がった閃光に目を瞑った。

 まるで雷でも落ちたかのように白く眩しい。

 恐る恐る目を開けた。

 空間に光の穴のようなものが出現していた。眩し過ぎて白く飛んでおり、その奥は見えない。

「何、これ」

 てっきり運営側の誰か、あるいは全員が現れるものだとばかり思っていた。

 予想外の展開だ。

 だが、直感的に分かる。

 自分たちが呼ばれているのだ。

「……行こう」

 小春は躊躇なく光の穴へ飛び込んだ。

 恐らくは天界へのポータルである。それぞれが後に続いた。

 最後に残った瑠奈は怯え、二の足を踏んでしまう。

 しかし、もう行くしかない。後戻りは出来ない。
 えい、とどうにか自分を奮い立たせ飛び込んだ。

 全員が飛び込むと、光は消える────。



*



 ぽた、ぽた、と包丁の先から血が滴り落ちる。

 家庭科準備室から持ち出したものだ。

 屋上には、二人の遺体が転がっている。包丁で滅多刺しにしたため血まみれだった。

 莉子と雄星の虚ろな目は、もう何も捉えていない。

 包丁を握り締める雪乃は、迸る眩い光を見た。小春たちが最後の舞台へ向かったのだろう。

「…………」

 足元に転がる憎い二人を見下ろす。

 もう、巻き戻しはしない。

 これで終わりだ。

 雪乃は手にしていた包丁を自身に向ける。

 ────何度も、繰り返し復讐を遂げた。

(あたしのやることはあと一つ……)

 凄絶な復讐劇に幕を下ろすときが来たのだ。

 優しい小春は自分の所業を咎めなかったが、雪乃自身の心は既に決まっていた。

 如何な敵にも殺しという手段を用いない小春。

 自分は私怨に縛られ何度も両手を血に染めた。

 救世主である小春の信念を裏切り続けた。

 小春が雪乃を赦しても、雪乃は自身を許せなかった。

 それでも、自分の選んだ道に後悔がないことだけが、唯一の救いだ。

「……水無瀬さん、ごめんね」

 つ、と涙が頬を伝う。

 強く()を握り直す。

 雪乃は包丁の刃を、心臓に突き立てた。



*



 小春たち七人は、異空間へと(いざな)われた。

 赤く燃えるような夕空が足元に広がる水面に反射しており、上下左右という感覚がなくなりそうだ。

 時間の概念も自分たちの世界とは違う模様である。

 何より水の上に立っていることが不思議な体験だった。沈みもせず踏み締められる。

「ここが天界か?」

「イメージと違うなぁ。雲の上とかかと思ってたのに」

 瑠奈が呟く。
 幻想的な風景であることに変わりはない。

 人気(ひとけ)はなかった。

 奥(という言い方が正しいのか、距離感の概念もおかしくなる空間だが)に椅子が見えた。玉座のような豪勢なデザインだ。

 誰からともなく七人はそちらへ進む。

「!」

 不意に風景が変わった────。

「え、学校!?」

「しかも夜だ……」

 気付けば、深夜の名花高校にいた。その廊下に立ち竦んでいる。

 どうなっているのだろう。

 場所の概念も自分たちの世界とは違う。

 ここはもう、何でもありの異空間なのだと痛感する。

 何が起きてもおかしくない。

 小春はふと祈祷師に瞬殺されたことを思い出した。正確には、雪乃に見せられた光景だが。

 あんなことが、今この瞬間に起こってもおかしくないわけだ。

「あ、来た来た〜。やっと殺せる」