午前七時半。
目覚めた小春は困惑した。
隣で蓮が眠っていたからだ。
意外と長い睫毛や通った鼻筋が、柔らかな影を落としている。
思わず見つめてしまい、どぎまぎした。
いったいここは何処だろう。
何がどうなって一緒に寝るということになったのだろう。
ゆっくりと起き上がったとき、蓮が「ん……」と小さくこぼした。
うっすらと目を開ける。その焦点が小春に定まる。
朝の淡い光に包まれ、まだ何処か夢心地だった。
「……はよ」
「あ……おはよう。えっと……」
戸惑いつつ答える。
蓮は起き上がり、ふっと笑って見せる。
彼女の記憶の穴を埋めるように、忘れていることをすべて説明した。昨晩先走ってしまった告白のこと以外は。
小春は告げられる色々な事実を、驚いたり悲しんだり笑ったりしながら受け止めた。
一通りの説明を終えると、蓮は言う。
「俺さ、昨日またガチャ回したんだ」
「えっ!?」
「会得したのは風魔法で、代償は寿命だったけど……大丈夫だ」
年数については明言しなかった。
今さらどうにもならないし、余計な心配を煽りたくない。
同じことをメッセージアプリのグループでも報告しておく。
【火炎と相性がいい。運がいいね】
紗夜は淡々とそう評した。
それはそうだ。代償はともかく、引いた魔法自体は当たりの部類に入るだろう。
その後、程なくして七人全員と連絡がついた。
決戦は今日だ。
泣いても笑っても、今日ですべてが終わる────。
身支度をして朝食をとると、九時を回った。
昨日同様、運営側から“中間発表”と題したメッセージが来る。
【12月4日まで、残り6日となりました。
現在の生存者を発表するよ〜!
・朝比奈 莉子
・雨音 紗夜
・如月 冬真
・胡桃沢 瑠奈
・五条 雪乃
・斎田 雄星
・佐伯 奏汰
・三葉 日菜
・水無瀬 小春
・向井 蓮
以上、10名。
各自殺し合い、頑張って生き残ってください】
紅とアリスの名が消えていたが、他は変化なしだ。
【みんな、もう大丈夫?】
小春はグループにそう送り、各自の状況を確認した。
【大丈夫!】
【いつでもいいよ】
最後を迎える覚悟は、各々既に出来ているようだ。
彼らの返信を受け、これから三十分後、河川敷で合流予定とする。
「まだ三十分あるけど、何すんだ?」
「伝えに行かないと。雪乃ちゃんたちにも」
魔術師である三人のことは、どのみち今日巻き込んでしまうことになる。
小春と蓮は名花高校へと赴いた。
雪乃は今日も莉子たちと一緒だった。当然、和気あいあいとしたものではないが。
埃にまみれた雪乃と、そんな彼女を見下ろす莉子と雄星。
咎めるような眼差しで彼女たちを見据える。
「あれー? 小春じゃん。今までどこいたのー?」
そうか、と思い至る。
彼女も魔術師だ。だから小春失踪の異変にも気付けていたわけだ。
「……やめなよ、もう」
小春は毅然と言う。
雪乃は若干目を見張った。
しかし莉子たちは怯みも悪びれもせず、へらっと笑うだけだった。
「何が? あたしたち遊んでるだけじゃん」
「つか、見た? こいつも魔術師だったんだって。マジびっくり」
雄星が雪乃を指して言う。
その雪乃からほとんど毎日殺されているとは、夢にも思わないことだろう。
「てか何しに来たの? わざわざ止めに来たわけ?」
「……話があるの」
不興を顕にする莉子にも怯まない小春の姿は、雪乃からすれば信じ難いものだった。
否、雪乃以外からしてもそうだ。
女子の中の女王的存在である彼女は、そういう意味で恐れられている。
だからこそ、雪乃いじめをほとんどが傍観しているのだ。
「何?」
「私たちは今日、運営側と戦う。そのことをあらかじめ伝えに来たの」
さすがに驚いたようだった。
莉子と雄星の顔から笑みが消え、二人して顔を見合わせる。
「……へー、ガチ? 何で?」
「ゲームを終わらせるため」
「放っといても十二月四日には終わんだろ」
「それじゃ手遅れなんだよ、馬鹿」
見兼ねた蓮は毒づいた。
どうやら二人は事の重大さが分かっていないようだ。
「……ま、何でもいいや。好きにしなよ」
「俺たちは手伝わねぇからな。面倒くせぇ」
「いらねぇよ」
「どうなるか分かんないから伝えに来ただけなの。二人も好きにして」
最初から協力など求めてはいない。むしろ願い下げである。
莉子は「言われなくてもー」と暢気な調子で返し、背を向けた。
雄星とともに去っていく。
「今日……」
目を伏せたまま雪乃がぽつりと呟いた。
とうとう今日が、決戦の日なのだ。
小春は慌てて彼女に向き直った。
「あ、ごめんね。勝手なことしちゃって」
莉子を制したことだ。
あれでさらなる反感を買えば、害を被るのは小春ではなく雪乃だろう。
「とんでもない。あんなふうに立ち向かってくれる人、水無瀬さんが初めてです」
雪乃は眉を下げ、笑った。
何処か晴れやかで清々しい表情だった。
蓮は不満気に眉を寄せる。
「……お前さぁ、本当に二面性凄いよな。つか、小春のこと好き過ぎだろ」
「は? 向井に言われたくねぇし」
「おい!」
思わぬ反撃を食らい、蓮はたじろいだ。
告白はすべてが終わってから、と決めているのに、余計なことを言われた。
幸いにも小春は気付かず「二面性?」と首を傾げている。そっちではない。