両手の先が震えていた。

 怖い。

 自分が死ぬことより、大切な誰かを失うことが何よりも怖い。

 死んで欲しくない。蓮にも、もう誰にも。

 ……ずっとこの時間が続けばいい、と思う。

(でも、早く終わらせなきゃ)

 これは、かりそめの平穏だ。

 日常を取り戻してこそ、本当の意味で安穏も戻る。

 ややあって、小春と蓮はどちらからともなく離れた。



「おーい、二人とも。アイス食べる?」

 瑠奈の声がして二人は振り返る。

 駆け寄ってきた彼女は楽しげににやにやしていた。

「溶けちゃったけどね」

 何処からかは分からないが、陰から見ていたのだろう。

 涼しい顔をしているが、奏汰にも見られていたはずだ。

 小春も蓮も思わず赤くなった。

 ふと小春は思い出す。以前から彼女には、蓮とのことをからかわれていた。

 そのときは何ともなかったのに、どうして今はこうも頬が熱いのだろう。

「こんな寒ぃのに何でアイスなんだよ」

「えー? だって何か熱くてぇ」

 照れ隠しに言った蓮だったが、瑠奈はさらに笑みを深め冷やかした。

 奏汰は笑う。小春もつい笑った。

 蓮は何だか怒っていたが、気を悪くした様子はない。

 夕暮れに影が伸びる────。

 四人は笑い合った。



*



 じっとしていると、違和感が増幅していくような気がする。

 そのため、冬真はあてどもなく適当に歩いていた。

 蔓延るわだかまりや齟齬を考えると────自分はどうやら、何かを忘れているように思う。

 日が傾き始めた頃、冬真は星ヶ丘高校にいた。

 屋上で風に当たっていると、不意にじわじわと頭が締め付けられ始める。

 まるで誰かに押さえつけられているようだ。

 頭の中で残像のように映像がちらつく。

(夜中……ここに誰かといた。誰だ……?)

 ノイズが走り、よく見えない。

 冬真は落ち着かない呼吸のまま頭を押さえ、ふらりと階段を下りていく。

 気付けば旧校舎にいた。

 ほとんど流れるように、あるいは何かに導かれるように来てしまったが、頭痛が増長した。

 ズキズキと芯から響くように痛む。

「……っ」

 顔色悪く、瓦礫の山に座った。

 耳の奥で誰かの声がする。……誰だろう?

 分からない。分からないことが気持ち悪い。

 何故、こうも思い出せないのだろう。苛立ちともどかしさと焦りが、冬真の感情を掻き乱す。

(……もう嫌だ)

 ひどく居心地が悪い。
 ここにはあまりいたくない。

 結局、自分に対する違和感の正体は掴めないままだったが、長居はしていたくなかった。

(今、何時だ……?)

 明日に備え、もう帰ろう、と立ち上がる。

 時間を見ようとスマホを取り出したとき、ポケットから白い何かが落ちた。

 眼帯(、、)だった────。

(何で、こんなもの……)

 自分のものではないはずだ。

 訝しみつつ拾い上げる。

 その瞬間、眼帯に手が触れた瞬間、電流が走ったかのような衝撃を受けた。

「……っ!?」

 思わず両手で頭を抱え、膝をつく。

 強く頭を締め付けられ、脳内を掻き回されているような激痛が襲った。

 不鮮明な過去の映像が脳裏を駆け巡る。

 それは痛みを伴いつつ、徐々に明瞭化していく────。

「…………」

 嵐のような頭痛が凪いだ。

 冬真は半ば放心状態となり、しばらくそのまま動けなかった。

「……ははは」

 やがて傀儡が乾いた笑いをこぼす。

 冬真は緩慢と立ち上がると、眼帯を踏み付けた。

「はぁ……。何で忘れてたのかなぁ。律のせいとはいえ自分に腹が立つよ。仲間とか自己犠牲とか、気色悪いと思った。僕がそんな奴らと同調するわけがない」

 その顔に冷ややかな笑みが浮かぶ。

「甘いなぁ、律も大雅も。残念だったね、命懸けで僕を無力化したのにさ。悔しがってる君たちの顔を見られないのが惜しいよ」

 天国や地獄があるのなら、あるいは幽霊が存在するのなら、彼らにも聞こえているといい、と思う。

「まぁ結局、僕がこうして元通りになった以上、君たちの死はぜんぶ無駄だったってことになるね。ざまぁみろ」