────ぱちん、と指を鳴らす。時が動き出す。

 気付けばアリスの首には、真一文字の切り傷が浮かび上がっていた。

「……っ、は!?」

 目を見開く。痛みを感じる間もなかった。

 間欠泉のように首から鮮血が噴き出す。

 その勢いのまま、ふっとアリスは地面に倒れた。すぐそばには既に紅が横たわっている。

「な、何……!?」

 一同は混乱を顕にした。

 突然の出来事だった。わけが分からなかった。

 小春は弾かれたように動き、倒れている二人と血の海に駆け寄る。

 屈んで様子を窺った。

 脈を見るまでもなく、二人に息がないのは明らかだった。

「どうして……」

 ふと視線を流すと、紅の手に血のついたカッターナイフが握られていることに気が付いた。

 カッターナイフ────紗夜はポケットに手を入れる。

 ない。
 いつも持ち歩いているそれがなくなっている。

「私の……?」

 デザインからしても自分のもので間違いない。

 どういうことだろう。紅に渡した記憶などないのに。

 各々が彼女を見やった。

 血を吐いた痕跡がある。目や鼻、耳からも出血したようだ。

 大雅や律と同じ……恐らくは魔法の反動により力尽きたのだと推測出来る。

「何でこんなことに……!?」

「どういうことなんだよ」

 皆が一様に狼狽えた。

 時が止まっている間に、何が────。

「紅が、アリスを殺した……」

 白い顔で紗夜が結論を出した。

 アリスの口にしていた言葉の数々を思い出す。

 冬真の記憶回復を阻むために時間を停止したのだろう。

 しかし、それは所詮その場しのぎに過ぎない。

 アリスの性根は変わらない、と判断した紅が、やむなく命と引き換えにアリスも連れて行った。

 気付いたときには、既に紅が倒れており、息がなかったことを考えると、瞬間的に何度も時間操作を繰り返した可能性がある。

 例えば、一度は停止した世界でアリスと話したかもしれない。

 すぐに殺すのではなく、話を聞いた上で判断したはずだ。

 何しろこれ(、、)は、小春が最も避けたかった選択なのだから。

 それでも殺すしかないと判断したなら、一度時を再開してからもう一度すぐに停止した。今度はアリスに触れずに。

 紗夜のポケットからカッターナイフを抜き取り、アリスの首を切った。

 そこで限界を迎え、紅の死とともに魔法が解け時間が動き出した────ということである。

「そんな……っ」

 小春は肩を震わせた。涙をこぼす。

「……マジか……」

 蓮も眉を寄せ、悔しさと悲しみを滲ませた。

 それぞれが似たような表情で衝撃に明け暮れる。

 ぎゅう、と拳を握り締める小春。

 “誰も殺さない”という信条に背く形になったとはいえ、紅を責めるのは明らかにお門違いだ。そんな資格などない。

 結果として裏切り者(アリス)の対処を押し付けた形となってしまった。

 紅の死は、小春が理想や綺麗事を追い続けたしわ寄せが及んだ結果ではないだろうか。

 守るなどと言いながら、結局誰かが手を汚さなければ、自分たちの身すら守れないではないか。

「…………」

 小春の涙は止まらない。

 純粋な悲しみと、責められている気分がせめぎ合った。
 無論、紅にそのような意図はないだろうが。

 ……悔しかった。自分の甘さに腹が立つ。

 理想を掲げるだけなら簡単だ。

 しかしそれを貫き通すことは難しい。

 今回も、具体的な施策がないまま、流されるような形でここに来た。

 何とかなる、と思っていた。それは他の誰かの力に甘えていたからだ。

 自分で何とかしよう、などとは思わなかった。
 結論を先延ばしにしていた。
 ……だから、こうなる。

 何度繰り返せば気が済むのだろう。

 周囲に頼り切った結果、何人を失った?

 自分の理想のせいで何人を傷つけた?