「如月、しっかりせえよ。あんたが殺したんやろ? 桐生も佐久間も」

 実際のところは、代償で死んだに違いない。

 詳細は知らないが、想像はつく。

 どっちだってよかった。彼に関わりのあるキーワードを口にすることが狙いだ。

 それが彼の記憶を引っ張り起こす禁句(カギ)になるのだから。

「…………」

 戸惑ったように眉を寄せる冬真に、アリスは構わず続ける。

「敵の術中にまんまと嵌っとってええんか? 唯一の生存者になるんとちゃうかったんか?」

「うるせぇ! 黙れよ」

 急いで蓮が制した。
 記憶のことをアリスも察しているのだと悟る。

「……っ」

 不意に冬真が頭を押さえ、たたらを踏んだ。

 ズキンズキン、と頭の奥が疼く。

 視界がちかちかと明滅する。

「!」

 場に緊張感と焦りが走った。

 まずい。今思い出されたら、為す術なしだ。
 やはり会わせるべきではなかった。

 そのとき────。

 ぱちん、と指を鳴らす音が響いた。

 紅が時間を停止したのだ。

 彼女はつつくように、矮小化しているアリスに触れる。

「このまま踏み潰してやろうか?」

 威圧するように見下ろして言った。

 昨日のことを思い出す。皮肉だろうか。

 アリスは慌てて本来のサイズに戻ると、紅を睨めつける。

「昨日はよくもやってくれたな」

「あの程度で効いたのか? 存外脆いのだな」

 挑発するような紅の態度に、アリスは不満気に顔を顰めた。

「諦めることだ。如月がこちらに落ちた今、もうお前に勝ち目などない」

「ばーか、もともとそんな当てにしてへんから。どうせ、そのうち殺すつもりやったし。最後に勝つのはこのあたし」

 アリスは余裕の笑みを浮かべる。

「あんたらのことも潰したるわ」

「言葉に気を付けろ。この停止した世界でお前を殺すなど容易なことだ」

 紅の言葉を受け、嘲るように笑った。

「何言うてんねん、あんたらには殺せんやろ」

「勘違いするな。それは我々が弱腰なのではなく、水無瀬氏の温情だぞ。悪いが私はそれほど優しくない」

 どんなに歩み寄って信じようとしても、所詮悪人の腹の底は変わらない。

「……水無瀬氏は優し過ぎる。それゆえに他人のいい部分しか見られない」

 救いようのない愚か者までも守ろうとして。

 アリスは吐き捨てる。

「それを偽善者って言うんやん」

「何が悪い。善を施すことに変わりはないではないか。……尤も、彼女はそんなぬるい覚悟ではないがな」

 気丈に振る舞いつつも、割れるような頭痛を感じ始めていた。

 だんだんと痛みの波が大きく深くなり、内側から、がんがんと響く。

 平然としているが、実のところ必死で装っていた。

 ……時間がない。
 時間を止めているのに時間がないとは、妙なものだ。

(……すまない、水無瀬氏)

 彼女の、そして彼らの信念を蔑ろにはしたくなかったが、これはその“限界”と言わざるを得ないだろう。

 仕方がない。
 相容れないものは存在する。
 紅は開き直るのではなく、そう割り切ろうとした。

 それでもこの危険因子だけは、命を懸けて葬り去ることを誓おう。

「私が……お前を殺す」

「はぁ……? やれるもんならやってみれば」

 彼女の宣言はにわかに信じ難いが、何処か真に迫っていた。

 笑い飛ばそうとしたのに、怯んでしまう。

「ぐ……っ」

 そのとき、不意に紅が血を吐いた。
 顔色は蒼白で、口元を覆った手が震えていることに気が付く。

 そのお陰でアリスに余裕が戻った。

「随分と辛そうやな。あたしを殺る前にあんたが死ぬんちゃうか?」

 浅い呼吸を繰り返す紅は、口元の血を拭った。

 に、と口角を上げる。初めて彼女の表情が変わった。

「……案ずるな、一瞬だ」