「う……っ」
ふいにたたらを踏んだ依織が、咳き込んで血を吐いた。
みるみるうちに肌が青白くなり、血管が浮き出ていく。
紗夜の毒が回り始めたのだ。
だんだんと呼吸が浅くなり、息を吸っても肺が膨らまない。
手の先が痙攣していた。
身体に力が入らなくなって、地面に膝をつく。
(早く解毒しないと……本当にやばい。けど、どうやって……?)
苦しむ彼女を冬真は冷ややかに見下ろす。
うららは片づけられたものの、紗夜を殺すには至らなかった。
仕損じただけでなく、毒の攻撃まで食らうとは。
所詮、この程度が限界だろう。
「……冬真、助け────」
「ごめんね。もうここで死んでくれる?」
縋るように手を伸ばしたものの、無情にも切り捨てられる。
「な、なん……っ」
「同盟はここまでだ。きみがこれ以上、熱心に連中を狙ってくれるとは思えないし、何より“無魔法”に甘んじてる」
「そん、なの……!」
「生産性がないし価値もない。むしろ、足手まといになること確定。そうでしょ?」
込み上げた反論は言葉にならなかった。
目を剥いた依織は首に手を当ててもがく。
毒の進行は早かった。
手足が麻痺してその場にくずおれる。
ひゅー、ひゅー、と隙間風のような呼吸を繰り返しながら必死で酸素を求めた。
苦しくてたまらない。
(誰か、助けて────)
「大丈夫。禍根が残らないように、きみの死は見届けてあげるから」
屈み込んだ冬真の微笑は優しかった。
それでも、そこに温度は感じられない。
依織は目に涙を溜めた。
────彼は、神なんかではなかった。
「……この……ク……ズ……」
「身から出た錆でしょ。最期の言葉どうも」
がくがくと痙攣していた依織は、やがて動きを止めた。
終始沈黙を貫いていたアリスは、彼女の遺体を見て口を結ぶ。
“利用価値がない”と判断されれば、次にああなるのは自分だ。
「……ねぇ。あれ、チャンスなんじゃない?」
冬真はうららの屋敷から出てきた紗夜を指して言った。
消沈している彼女は足取りもおぼつかない。
アリスは一瞬考えた。何のチャンスだろう?
依織が仕損じた紗夜を殺せ、という意味だろうか。
いや、と思い直す。
最終的にはそうなるかもしれないけれど、少なくともいまは、ほかに有効活用する術がありそうだ。
「……せやな。ちょっと行ってくるわ」
ぽんっと矮小化したアリスは、紗夜のあとをつけた。
◇
ふと、気配を感じた紅が振り返る。
高架の柱裏に影があった。
「誰だ?」
そこに身を潜めていた彼女は潔く姿を見せた。
楽しそうに口端を持ち上げる。
「見ーつけた」
「アリス……!」



