律は冬真と大雅を見比べ、諦めたようにその場に腰を下ろした。
「……桐生、大丈夫なのか?」
そう問われ、大雅は口元の血を拭った。荒かった呼吸や激しい動悸も落ち着き、身体中の痛みも収まった。
「平気だ」
答えつつ、意外に思った。律が案じてくれようとは。
「それより、さっきの……気付いたか? 至の他にもう一人いた」
「もう一人?」
「ああ、ずっと透明化してたけど確かにいた」
律は気付いていないようだった。最初に声が聞こえた時点では眠っていたのだ。無理もない。
「透明化……。術者はあの男か、一緒にいた奴か」
「後者じゃねぇか? 至の魔法なら、女がここへ来る必要ねぇし」
大雅の言葉に、納得したように律は「確かに」と頷く。
「……それにしても強いな。下手したら、透明状態のまま眠らされるわけだろ? 何が起きたか分からないうちに。敵の姿すら見えていないうちに」
「…………」
ふと、大雅は冬真を見やった。
目を閉じ深い眠りにつく彼が、自ら目覚めることはないだろう。しばらくは彼の脅威を脱せられる。
安息は、気まぐれな王子様次第だが。
「……なぁ、律」
静かに呼びかける。
彼のことは敵だとしか思っていなかった。冬真の腹心の手下だと、ずっと警戒し敵視していた。
実際に何度も記憶を奪われ、そのたびに大雅は自分を見失った。利用されてきた。
しかし、その元凶である冬真が眠った今なら────軋轢も関係性もリセット出来るかもしれない。
それが出来れば、冬真が目覚めたとしても、記憶操作を恐れる必要はなくなる可能性がある。律を取り込めれば……。
いや、違っていた。そんな打算的な思惑ではなく、大雅は純粋に気になったのだ。律の真意が。
冬真に支配されていない状態の彼なら、自分の言葉をどう受け止めるだろう。
「手、組まねぇか?」
大雅の提案を受け、律は謹言な面持ちで見返した。
「ゲームの駒としてくたばるより、どうせなら運営側を直接相手して抗おうぜ。ムカつくだろ、この理不尽。連中の手の内に留まるのも」
考えるように目を伏せる。大雅たちが運営側を相手取ろうとしていることは、うららの発言から分かっていたため今さら驚きはしない。
大雅が自分に声を掛けてくるとは意外だったが。
「……だが、俺がお前らの側へ行けば如月が独りになる」
「仲間でもねぇんだろ?」
「ああ。……だが“戦友”だ」
「だったら腹決めろ。どうしても冬真と反目するのが嫌なら、今のうちに殺しとけ。それか────」
大雅は律の涼しげな横顔を見据える。
「本当に戦友なんだったら、お前の言葉に耳を傾けるはずだ」
運営側を倒すこと、大雅たちと敵対しないこと……。冬真の目的にとって不都合な諸々の事柄でも、説得をすれば応じてくれるだろう、と言いたいのだ。戦友ならば。
律は自分でもやや信じ難い気持ちになった。思ったよりも、大雅の提案に抵抗がないのだ。
運営側への嫌悪感を抱いているのは確かだからだ。
律はしばらく押し黙った。ややあって口を開く。