一番奥の個室から、笑い声がこだましていた。姿など見なくても分かるが、一応覗いてみる。

 A組の莉子とその取り巻き、そして雪乃だ。彼女たちは雪乃を押さえ付け、便器に顔を突っ込んでは出すのを繰り返しているようだ。

 雪乃は俯きながら鬱々とした顔をしているが、涙を流したり「やめて」と懇願したりすることはなかった。逆らっても意味がないと分かっているからだろうか。

 取り巻きの一人が雪乃を床に引き倒した。濡れたタイルに打ち付けられた雪乃は、それでも感情を押し殺し続けていた。

 先端がグレーに汚れたモップを顔面に擦り付けられても、足蹴にされても、頑なに。

「やっば、こいつ。感覚マヒしてんじゃね?」

「きったなーい」

 莉子たちが罵るように笑う。取り巻きの一人がアリスに気付いた。

「……何見てんだよ?」

 アリスは、つい雪乃を見た。目が合う。

「べーつに」

 ふい、と顔を逸らし、女子トイレを後にした。

 壮絶ないじめの現場を目にしたが、これは何も今に始まったことではない。

 関わり合いになりたくなくて、見て見ぬ振りを決め込んでいた。わざわざ雪乃を助けるメリットもない。

 アリスは大きく欠伸をする。

 学校へ戻ったものの、大した情報は得られなさそうだ。収穫は、ゼロではなかったが。

 結局、早々に蓮たちと合流することにし、再び学校を後にした。



 廃トンネルに戻ると、紗夜の姿もあった。一連の事情を共有し終えたところだった。

「話は聞いた……。私も一緒に動く」

 捜索に協力する、というより、全員の判断に追従する、という意味だろう。

 同志であるうららを敵に人質に取られた状態で、彼女一人に出来ることなどない。同盟を組んだ自分たちの元へ転がり込むのは必然────と、アリスは考える。

「おっけー。じゃあ早速、捜しに行く感じでええか?」

「ああ、今すぐ行こう」

 蓮が呼びかけ、六人は動き出した。

 瞬間移動させられているとすれば、見つけ出すのは至難の業だが、だからと言って諦める理由にはならない。

 手分けした方が効率的かもしれないが、昨日のことを思い出せばそうしない方がいいように思えた。

 昨日────奏汰と大雅は陽斗と一緒にいたが、彼を殺した相手は陽斗が一人になってから現れた。なるべく固まっていた方がいいだろう。



 昨日陽斗と通った道、小春と通った踏切……思いつく限り回ったが、成果は挙がらなかった。

 午後になり、疲弊した六人は公園へと向かった。歩き回ることだけでなく、精神的な部分からも疲労していた。

 もともと芳しくないであろうことは予測していたが、実際に結果が伴わないと、気持ちの方で受けるダメージも大きいものだった。

 その現実を嘆いたり悲観したりするのに疲れた頃、不意に瑚太郎が口を開いた。

「……思ったんだけど、祈祷師とかも殺さないの?」