祈祷師は琴音の眼帯を外した。

 左目の眼窩(がんか)には闇のような空洞が広がっており、眼球がなかった。

「おい……」

 戸惑う律を他所に、祈祷師は眼帯を差し出す。

「はい、どーぞ。戦利品だよ」

 拒絶するかと思ったが、冬真はそれを受け取った。何を考えているのか、律にも分からない。

「じゃ、いらないということなんで消しまーす。バイバイ、コトネン」

 祈祷師は琴音の遺体に触れた。
 その瞬間、彼女は閃光とともに消える。残ったのは血溜まりだけだ。

「ボクもそろそろお暇しよう。また何かあったらヨロシクね、トーマっち。リッちゃんも」

「やめろ、その変な呼び方」

 思わず律が反発すると、聞き終える前に祈祷師も姿を消した。

「もう二度と手は借りないからな」

 彼がいた空間に向かって言う。

 掴みどころがなく、ちゃらけたように見えて残酷な男。

 強力なのは確かだが、いつ裏切られるか分かったものではない。

 律は疲れたようにため息をついた。

「…………」

 しばらく眼帯を眺めていた冬真は、それをポケットにしまい込む。

 血溜まりを見下ろし、口端を結んで背を向けた。



*



 大雅は小春たちとテレパシーを繋ぎ、琴音の言葉を伝えた。“祈祷師”という、新たな敵の可能性。それから────。

『琴音の意識が途切れた。……たぶん、殺された』

 感情を押し殺し、事実だけを伝えた。

 にわかには信じ難いが、繋いでいたテレパシーへの反応が消えてしまったのだ。それの意味するところは、すなわち死。

「うそ……」

 小春は呟いた。唇の隙間から言葉がこぼれた。

 つい先ほどまでここで話していた琴音が、今はもうこの世の何処にもいないなど、信じられるはずがない。

「マジかよ……。何で」

 蓮も動揺を顕に視線を彷徨わせた。

 うららを餌に冬真が待ち構えていたということだろうか。

 琴音の魔法をもってしても、彼には敵わないということだろうか。……そんなはずないのに。

 ────恐らくは、その“祈祷師”とやらにやられてしまったということだろう。

 琴音をも凌駕する存在。
 彼女の死にも、その脅威にも、感情がぐらぐらと揺さぶられる。

「……うららは?」

『あいつは生きてる。たぶん、また冬真に術かけられてると思う』

 大雅がそれを解くことも考えたが、冬真が勘づけば同じことの繰り返しだ。下手に手出しすると、うららまで殺されかねない。

「い、いったい何が……」

 小春は掠れる声で言った。琴音の身に何があったと言うのだろう。

『……聞こえた。あいつを貫いた光線銃みたいな音。祈祷師って奴が、冬真たちと組んで琴音を殺したんだ』