琴音は顳顬から指を離した。

 “私たちを誘い込むための罠”とは言ったが、正確には大雅を(、、、)狙っているのだと踏んでいた。

 星ヶ丘高校という隠し場所からして、真っ先に大雅が動くであろうことは明白だ。

 冬真たちの狙いが大雅なら、尚更自分が動くしかない。思い通りにはさせない。

「…………」

 小春は難しい顔で小さく俯いた。

 何だか腑に落ちない。先ほどから続く違和感が消えない。

「行ってくるわ。すぐ戻る」

 蓄積するもやもやが霧消しないうちに、琴音は決然と告げた。小春は、はっと顔を上げる。

「待って……!」

 思わず引き止めた。瞬間的に閃いた。

 違和感の正体────自分たちは、思い違いをしていた。

「それこそが冬真くんの狙いだよ!」

 彼らが誘い込みたいのは、他でもない琴音。これは琴音への罠だ。

 ……しかし、小春の声が届く前に、彼女は姿を消してしまった。



*



 星ヶ丘高校の敷地外へ移動した琴音は旧校舎を探した。

 それほど苦労することもなく、簡単に分かった。本校舎よりもかなり廃れた雰囲気の建物は、一目見れば充分に判別可能だった。

 旧校舎側へ回ると、フェンスが一部破れていた。乗り越えるまでもなく、そこを潜れば容易に入り込める。

 備品倉庫とやらもすぐに見つかった。旧校舎裏にぽつねんと佇んでいる。なるほど監禁場所にぴったりだ。

「…………」

 琴音は歩み寄ってみる。備品倉庫の扉は開いていた。床に蔦のようなものが落ちている。

 うららはあれで縛られていたのだろうか。

 だとしたら、それは恐らく冬真の手下(こま)の魔法によるものだろう。

 都合のいいときに呼び出しては、彼または彼女の魔法を我がものにしているというわけだ。

「────よく来たな、瀬名琴音」

 琴音は振り返った。冬真と、見慣れない男子生徒がいた。

 星ヶ丘高校の制服ではない。大雅から聞いていた、律という男子だろう。

「……やっぱり罠だったのね。私たちをおびき寄せるための」

 琴音はさして驚くこともなく言った。罠である以上、彼らが待ち構えていることくらいは予想の範囲内だ。

「その通り。……だが、甘いな」

 律は頷きつつ、冷淡な眼差しをやった。

「“私たち”? 違う……お前だ、瀬名琴音。お前への誘い水だ」

 律の言葉を肯定するように冬真が頷いた。

 琴音は訝しむように眉を寄せる。自分への罠……?

 しかし、何てことはない。危険を感じたら瞬間移動すればいいだけ……。あるいは、彼らを移動させればいいだけだ。

 そんなことを考えながら、琴音は尋ねる。

「百合園さんは?」

 倉庫内に姿は見えない。拘束は解かれているようだが、何処へ行ったのだろう。