「……そうだ。だったら、大雅くんが止めてくれないかな? 僕がヨルになったとき、テレパシーで」
縋るような眼差しを向けられたものの、首を横に振らざるを得なかった。
「それは無理。ヨルにはテレパシーが使えねぇんだよ」
「そんな……」
瑚太郎は打ちひしがれるように愕然とする。
「……俺はそんなに優しくねぇから、この話はここで打ち止めるぞ。みんなに打ち明けるなら自分で言えよ」
「…………」
「どうにかできるのはおまえだけだ。おまえが自分で何とかするしかねぇよ。……悪ぃな」
きびすを返し、大雅は歩き出す。
瑚太郎は口をつぐんだまま、地面に視線を落とした。
伸びる長い影が、触手を伸ばしてくるような幻を見た。
闇が絡みついて離れない。
自分ではない、自分の気配────夜が近づくたびに確実に存在感を増していく。
いつか自分自身さえいなくなってしまうのではないかという恐怖が、足元から這い上がってきた。
◇
「……瑠奈は?」
冬真は傀儡の律を介して尋ねる。
その眼差しに捉えられた大雅は口を結ぶ。
瑠奈のことは小春から聞いていた。
本当に改心したのかどうか怪しんでいたものの、この場に現れなかったところを見ると、信じてもいいような気がする。
馬鹿正直に冬真から逃げ出したようだが、案外その選択は正しいのかもしれなかった。
それができなかった自分は、こうしていまも冬真の呪縛に囚われている。
「さあな。返り討ちにでも遭ったんじゃね?」
大雅が律を利用して瑠奈の記憶を操作したことを、冬真は知らない。
彼女が琴音の右手を石化してくるものだと思っているはずだ。
「電話もメッセージも応答なしだし、ありうるか。テレパシーでも連絡とってみてよ」
「切断されたよ。意図的に切ったのか、意識がないのかも分かんねぇ」
大雅はあっけらかんとして嘘をついた。
罪を悔いて贖おうという瑠奈の覚悟を酌んでやることにする。
「……急がば回れってことかな。こうなったら、瀬名琴音は一旦放置だ。どうせ向こうは僕らを殺せない。むきになって執心する必要はないよね」
それよりも────。
(殺すべき敵は、彼女だけじゃない)
時間操作系の魔術師も硬直魔法の魔術師も、まだ見つかっていないのだ。
琴音のせいで目的を見失うところだった。
「やっぱり、まずは星ヶ丘の魔術師リストを完成させようか」
灯台もと暗しというように、忌むべき相手は案外近くにいるかもしれない。
大雅は油断なく冬真を見た。
ひとまず琴音に迫っていた危機は逸れたが、今度は奏汰が危ない。
「ね、大雅」
そんなことを考えていた矢先、冬真に呼ばれた。
悪い予感を抱かずにはいられないほど、甘ったるい声色だった。
「……あ?」
不機嫌そうに見やれば、彼は律を伴って正面に回り込んできた。
向けられた氷のような笑顔に、心臓が嫌な音を立てる。



