「……らばさん、桜庭さん」



ヒラヒラと目の前を大きく分厚い手が通る。


顔を上げてみると、そこには噂の神代くんがいた。


いつの間に登校していたんだろう。


噂を聞いて、どう思ったんだろう。


噂なんてバカバカしいと言っていた神代くんだけど、私との噂なんて不快な気持ちになったに違いない。



「……どうしたの?」



無視するわけにも行かず、片耳のイヤホンを外して、そう問いかけた。



「なんでもないけど、あっ、おはよ」


「うん、おはよ」



わざわざ挨拶にしに来たの?


それとも私とか関わったせいで変な噂をされていると文句でも言いに来た?



「何聞いてたの?」



そう身構えていたのに、神代くんの口から出きたのは拍子抜けするほどどうでもいい普通の会話だった。



「中3のとき流行ってた曲……」


「ふーん。俺にも聞かせて?」



そう言った神代くんは私の手からイヤホンの片方を奪って、それを自分の耳にさした。



「ちょっ、音デカ!耳悪くするよ」


「大丈夫だよ」



周りの声が聞こえないように必要以上に音量を上げていた……とは言えなかった。


さっきまで聞こえていた噂は、何も聞こえなくなっていたから。


神代くんが来たからやめたのだろうか。


でも、それもどうでもいい。


どうせ私はひとりぼっちだから。