「じゃあ高橋くん、ここ読んでみて」
英語教師の声で、由夏の意識が教室に引き戻された。
あの日から圭吾が毎日部活の時間にフェンスの向こうを通っていた。いつも何か言いたげに3分ほど立ち止まって由夏の走りを見て帰る。目が合ってしまえば「おつかれ」とだけ言った。

(嫌がらせってほどではないかもしれないけど、揶揄(からか)ってるんだ。馬鹿みたいに部活で(もが)いてる私を。)

教師に指名された圭吾は、きれいな発音でスラスラと英文を読んでいく。
由夏の心臓がキュ、と一瞬息苦しさを感じさせた。
あまりにも当たり前の光景になってしまっていて、今までは何も思わなかった。

(いいな、スラスラ読めて。先生にも褒められて。
いいな、天才で。)

圭吾という存在を改めて意識すると、きっとどこかにしまってあったんだな、という埃まみれの感情が顔をのぞかせた。

その日も次の日も、圭吾は午後6時過ぎにグラウンドの脇を通った。
はじめのうちは気になって、半ば睨むように圭吾と目があった由夏だったが、だんだんと無視するようになった。
由夏のタイムは一向に上がらなかった。
それすらも、圭吾が気を散らせるせいのように思えてきた。