「高橋。」
「ん?」
「私今、すごく久しぶりに“走りたい”って思ってる。」
由夏は穏やかな笑顔で言った。圭吾もどことなく嬉しそうな穏やかな表情をしている。
自分が抱えていたプレッシャーを初めて言葉にできたのは、圭吾も同じだった。
「それは良かった。」
「今日ここまで走ったみたいに、どこまでも走りたいくらいの気分。」
「アメリカまで?」
「あはは。うん、海も越えられそうかも。」

「そろそろ戻るか。」
由夏と圭吾が浜辺にいる間、結局森先(せんせい)が来ることはなかった。
「うん、そうだね。ていうか、よく考えたらさー」
由夏が言った。
「こんな風に授業抜け出したら、推薦ダメになるんじゃない?」
冷静になった由夏が苦笑いを浮かべて圭吾を見た。圭吾を責めるような表情(かお)ではない。
「まあそん時は、俺が勉強見てやるから安心しなよ。頑張れ藤澤。」
「うーん…安心…なのかな?」
由夏はまた、小首を傾げた。


体育の授業が終わる頃に合わせて二人が戻ると、森本先生ではない教諭の指導で体育の授業を続けていたクラスメイトが騒然とした。
どうやら森本先生はまだ二人の捜索を続けているらしかったが、学校からケータイに連絡を入れて二人が戻って来たことが伝えられた。