「時期が時期だから、受験のことだってのはすぐにピンときた。……んだけど、なんか話しかけ方間違えたよな。」
圭吾があの日の由夏の態度を思い出して言っているのは、由夏にもわかった。
「あれは…あの時はびっくりして…。高橋とあんまり話したことないし、教室で遊んでる
帰りに揶揄(からか)ってるのかと思って。態度も悪かったし、酷いこと言った…ごめんなさい。」
「いや、俺が迂闊(うかつ)に声かけたのが悪かった。俺が藤澤でも同じような気持ちになったと思う。」
なんだかお互いに謝るようなかたちになってしまった。
「…でも」
圭吾は続けた。
「声かけずにいられなかったんだ。俺がずっと励まされてた藤澤が、俺と同じようなプレッシャー抱えてるんだなって思ったら。」
圭吾があまりにも真っ直ぐに自分への憧れの気持ちを語るので、由夏は照れくささと同時に素直な嬉しさを感じていた。
「ちょっとでも藤澤の気持ちが軽くなればって思ったけど無理、ってか逆効果だったな。」
そう自虐的に言って、圭吾は「ははっ」と小さく笑った。

波の音は相変わらず不思議なリズムを繰り返している。

「今」
「え」
「今、なってるよ、軽く、気持ち。」
由夏は込み上げる感情に言葉が追いつかず、おかしな倒置法になってしまった。
由夏が必死に喋るのを圭吾は少し笑った。
「なんていうか、上手く言葉にできそうにないけど…私が誰かの…ていうか高橋の“憧れ”とか“励まし”になってたなんて考えたこともなくて、信じられなくて…なんていうか…」
上手く言葉を紡ごうと必死になればなるほど、言葉が絡まって頭の中で(もつ)れるような感覚を覚えた。
「すごく単純に、嬉しい。」
由夏が選んだのはシンプルな言葉だった。
「孤独だなんて考えたこともないくらい必死だったけど、高橋の言う通り孤独でプレッシャーに押し潰されそうだったんだなって。」
「過去形。」
圭吾に言われて、由夏は一瞬ハッとしてから考えこんだ。
「んー…多分今のは偶々(たまたま)。まだ過去形にはできない…かな。」

「だけど今日から変われそうな気がする。」
由夏は圭吾を見て言った。