「で、なんで藤澤が俺に気づかなかったかっていったら…さっきの話に合わせて言うなら藤澤は100m走る間、ゴールしか見てない…いや、見えてなかったから、だな。走ってる藤澤ってただただ真っ直ぐ前だけ見てるんだって知ってた?」
走る時に前を見るなんて由夏自身は全く気づいていないくらいに当たり前のことだ。ただ、二年間も圭吾の存在に気づかないほど周りが見えていなかったことには驚かされる。それほど自分はゴール地点しか見ていなかった、それほど純粋にゴール地点を見つめられていたのか、と。
「うちの学校って運動部がそれほど好成績なわけじゃないからさ、一年からあんなに遅い時間までほとんど毎日部活やってるのなんて藤澤くらいで——」
圭吾も由夏も一年生だった夏を思い出していた。
「なんかすごく励まされたっていうか…さっきも言ったけど、俺なりに孤独を感じてた時期だったから同士、よりも…そうだな、目標にしたい人間を見つけたような気持ちになった。」
思いもよらない圭吾の言葉に由夏は目を瞠った。
「目標!?わたしが?」
圭吾はこくっと頷いた。
「高橋の…?」
「だからそうだって言ってんじゃん。」
由夏があまりにも動揺しているので、圭吾は思わず笑ってしまった。

「なのに“ダメ”とか“ダサい”とか言っちゃうんだもんなあ。」


「あの日…私が高橋に気づいたから…だから調子悪いって思ったんだ…」
由夏はようやく理解できた。
「そう。急に一瞬こっち見たからすげーびびった。そしたら毎日気づくようになったからさ。」

(たまたまでも、なんとなくでも、テキトーでも——何も知らないわけでもなかったんだ…)