報告書X/その1


”ついに上がったか…”

その年2月中旬…。
JAAOによる検証が終了し、その考察結果は各関係者に報告された。

あくまで警察は事案持込みと捜査情報の提供を承諾する範囲での立ち位置なので、組織としての警察には関係当事者への報告作業を終えた旨の連絡に留まる。

その上で…、捜査担当刑事の立場として警察捜査へは一切の影響を及ぼさないとの誓約を示し、関係各当事者の同意を得れば、各報告書の閲覧と担当者からの説明を受けることは可能であった。

2月下旬…、秋川は全関係当事者から同意を取り付け、新田と共にJAAOに向かった。

もっとも律子や滝沢太一の家族、それに向井月枝からは、大体の報告内容は告げられていたが…。

...


「要するに一言で言えば、別部屋の見解は秋川さんと律子さんの仮説通りだと…。そう言うことなんですよね?」

この日は秋川のマイカー1台で移動していた。
早朝、高速を走車中に、今日は助手席に座る新田が朝陽を浴びてハンドルを握る秋川に尋ねてきた。

「まあ、そんなところだそうだ。今日会うことになるJAAOの浦井さんは前回の別部屋ん時、結構仲良くなってな。今回はかなり興味深い案件だったってこともあって、関係者の同意がクリアなんで時間無制限で解説してくれるそうだ(苦笑)。お前もこの際だ、遠慮なく質問してみろ。納得するまでな。ハハハ…」

「ええ、そうさせてもらいますよ、せっかくですから。…しかし、検証結果がこうして出る間、新たな事件も起こらず、例の煙もそれっきりってことが何よりですよね。それだけでもホッとしていますよ」

「ああ…。律子さんにもストーカー並みにチェックしてきたんだが、どうやらあれから変わったことは何もなさそうだしな」

新たな被害者が現れることを一番に恐れていた二人は、今日、改めて胸をなでおろしていた。
これで終わったという安易な気持ちにまでには至らなかったが、二人の心の中には、希望的憶測も芽生え始めていのだ。


...


「でも彼女、信用金庫は退職したんですよね、先月…」

「うーん…。支店長はさ、あの時のことは本部にも情状を訴えてくれて、処分はかなり穏便だったようだしな。彼女は事件後も普通に勤務していたみたいで、職場に居づらくなったってことはないと思うんだが…」

秋川はこの間、律子の様子には細心の注意を払い、目を離さなかった。
マメに会って覗っていた限り、彼女に特段の”変調”はなく、表面上は深刻な悩み事を抱えているようにも見受けられなかったのだ。

「これから先のことは前向きに考えての上でですから…。ご心配なくです。さすがに寿退社はないですけど…(苦笑)」

退職については10日ほど前に、秋川は電話で知ったのだが、彼女はこう、さらっとした口調で話していたのだ。

今回のJAAOからの報告結果も彼女自身が描いていたのとほとんど同一見解だったということで、さほど動揺はしていなかった。

”もっとも、向井祐二の存在が彼女の心から消えることはないだろうし…。やはり、今後も見守って行かなくては…”

秋川としては、律子がこの後の人生で、ああいった死に方をした”運命の男性”とどう向き合っていくのかを考えると、胸が締め付けられる思いは拒めなかったのだ。
やはり…。