別部屋/その4



”あの日”からおよそ3週間後、別部屋に移行する方針に事件関係者全員からの希望と同意が揃った。
それぞれがそれぞれの想いで自身に向きあい、決断したのだ。

秋川はさっそく内部手続きに着手し、約1か月間にわたって県警上層部へ申請理由の説明と上申を重ね、ようやく”承認”を得るまでに漕ぎ着けた。

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「新田、週明けにJAAOへ持ちこむ。どうだ、一緒に行くか?」

「はい。自分からも同行を願い出るつもりでした!」

思わず秋川は苦笑したが…。

何しろ新米刑事の新田には、この体験を挫折にさせたくなかった。
何としても、刑事として実のあるワンステップにと願っていたのだ。

”その為には、最初から最後まで立ち会わせる。とにかく、本件を通じて、こいつ自身に何かを掴ませることが第一だ”

先輩刑事の秋川は、別部屋事案に遭遇してその後辞職したり、精神的にトラウマとなって苦しんでいる”同業者”を何人も目の当たりにしていた。
それだけに、将来のある若い後輩への思いは尋常ではなかったのだろう。

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秋川は長野県警N署の碓井に千葉の事案が別部屋に移行することになった旨を伝え、同時に向井邸での出来事と尾隠しの住人が死亡した事案を参考事象として添えたいと願い出た。

「まあ、石毛老人はあの日の件で、だいぶ考え改めたみたいでしてね…、あの後、群馬まで何人かの住人と出向いて、向井祐二さんの霊前に線香を手向けたそうですよ。…病院で死亡した住人も、祐二さんの呪いだとかって本気で捉えていますし、当事者の方は”同意”とれてますわ」

「そうですか…。あの老人が…」

「…むしろ署内の了解を取り付ける方が難儀だが、何とか押し込みますよ。何しろ、そちらのアパートの件と同様で、このままじゃ、自殺、他殺両面ともに断定根拠が得られないまま宙ぶらりんになる可能性が濃厚なのは”上”も薄々ですしね…。そこを突きます。…とにかく、”その後”が起きていないのが何よりです。このまま何ごともないことを願うばかりだ…」

あの日以来、今のところは更なる事件は起こらず、律子のバイクや周辺で再び煙や悪臭が発生することもなかった。

このまま何もなく収まれば、後は”捜査を尽くしての結果”と別部屋での”検証結果”、ふたつを残し、ありのままで今後の参考事案とすればいい。

秋川の頭の中では、そんなシュミレーションができていた。

...


そしてその3日後、秋川は新田を伴い、神奈川県北西部の山中にあるJAAOの研究所を訪れ、当該事案を持ち込んだ。

その際、向井月枝が所持する祐二の自殺直前の手紙、さらに律子の申し出で、静町役場の多田と医師Aから聞き及んだ証言や体験談、そして律子自らが調べた調査資料も当該事案に添付、参考資料として持ち込まれた。

加えて当該案件は、捜査担当刑事の秋川と関係当事者である津藤律子、二人によるほぼ同一の見解に基づく”仮説”もJAAOへ参考意見として添えられたのだ。

JAAOは正式に受理し、概ね3カ月後の翌年1月か2月に検証結果の考察報告が取りまとめられる見込みを示した。

そして2014年の2月中旬、JAAOは導いた検証結果を関係当事者に各々面談の上、報告を完了する…。