息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー

共振/その3


「えっ、”別部屋”…ですか…?」

「ええ…。あくまでも、警察の捜査は最後まで行い、捜査結果は出します。事実は事実として伏せることなく。ただ、我々の捜査の範疇を越えなければ事件の解明、犯人の断定が見込めないと事件関係者が判断し、希望があれば、すべての関係者が同意することを条件として、第3者の民間研究機関に重要な個人情報、プライバシーにかかわる事項が含まれる捜査内容の情報提供を行うものです」

「…」

言うまでもなく、律子は絶句状態だった…。

...


「…その先の究明、研究作業に関しては、警察は一切関知をいたしません。…私としてはですね…、その選択肢は滝沢さんのご遺族にも、お話だけはさせていただくことも考えているんです。本事案はそういう括りでということで…。向井月枝さんには既に了解をもらっていますが、いきなりで恐縮は承知でお聞きします。津藤さんはいかがですか?」

「…あのう、いきなりすぎて、いかがかと問われてもお答えしようがありません。…その前に伺わせてもらいます。刑事さんの、警察の枠を超えた個人的推測ってどんなことなんでしょうか?」

律子の反応は秋川が予想した通りだった

「既にこの世の人ではない向井祐二さんが、あなたの心の奥との交信なり共鳴作用なりで、愛するあなたが抱く許せない人間、憎むべき人間を戒める…、というか…、殺す回路が構築された。滝沢さんは”それ”で命を奪われたというのが、その推測に基づく仮説です。くどいようだが、これは私一人の個人的解釈で、この新田はその見解を持ち合わせていません。今時点では…」

秋川のこの発言の後半は、極めて早口で聞き手に押し込んだ感じだった。
ここに、刑事としての秋川の葛藤があったことは明らかだった。

対する律子は、ちょっと言葉に形容できないほどの衝撃を受けた。

「仮に刑事さんの仮説通りだとしたら、死んだ立場の祐二さんは殺人者です。そんなことが前提なら、私には抵抗があります」

”向井を気遣うこの人には気の毒ではあるが、ここはあえて律子をけしかけるぞ…‼”

刑事と一人の人間…、両方の立場で秋川は意を決した。

隣の新田はもう、この成り行きが様々な側面で正視できない自分に苛立ち、両のこぶしを握りしめていた。

”秋川さんの意向は汲める。しかし、ここまで急ぐ必要があるのか!”

他方、明らかに新田は、秋川の現役警官としての根本姿勢を疑問視するやるせなさも抱いていた。

...

「…もし、”真実”が私の仮説通りなら、これから先も続く可能性は恐ろしく高い。終わりはあるのかよってこともある。”彼”の遺体が焼却され骨になった時か、納骨時か、それともあなたが亡くなるまでずっとか…。はたまた、あなたが亡くなった後まで永遠になるのか…。津藤さん…、あの手紙を月枝さんに宛てて、自分の理解者である義理の叔母さんに託したこととは、何だと感じましたか?」

「あの…、私には…」

月枝と新田はここで視線を合わせた。

”これは酷だ…”

そう、お互いに目が語りあったのを、二人は感じていた。

他方、秋川の非情とも言える律子への問いかけが、何か意味深いところを含んでいるような憶測も、二人の脳裏にはかすめていたのかもしれない。

「…月枝さんは、祐二さんがあなたの気持ちに沿って、自分が死んだ後に行うであろう行為を、あなたに制止させて欲しいと願って、あの手紙を書いたのだろうと言われました。あなたも、そう感じたんじゃないんですか?あの手紙を読んで…」

「…」

「…彼は無意識の中で衝動に駆られる恐ろしい行為こそが、他ならぬ死んだ瞬間にやっと本気で愛していたと自覚したあなたのことを、かえって苦しめることも同時に知った。自分の死後、実行するであろう行為を止めたいんですよ、彼は!だが、自分ではできない。あなたがそれを願い、彼に伝えなくては…」

「それなら、何もあなた達の捜査で証明することができないことを、超常現象にかこつけて、わざわざ死んだ人間の尊厳を踏みにじるようなことまでしなくてもいいじゃないですか!」

もはや律子は絶叫に近かった。

と、その時…、縁側に置かれれていた秋川のケータイが鳴った。

...


”ブブブーッ、ブブブーッ…”

「…ああ、碓井さんからだ。新田、ちょっと出てくれ」

秋川は着信相手を確認すると、新田にケータイを手渡した。
内心、できれば少し遅れるといった連絡を願った。
律子との”対決”にはまだ時間を要するためだ。

「…津藤さん、祐二さんの尊厳はそんなことで傷つくものじゃないさ。俺の仮説通りなら、彼を止めさせるるためにはあなたに具体的にどんなことをしてもらえばいいのか、ヒントを得る必要がある。俺にはただ漠然としか、考えが浮かばん…。だから…」

「秋川さん、大変ですよ‼」

ここでケータイを切った新田が、大声をあげて話に割り込んだ。