息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー

共振/その2


秋川から目で合図された新田は縁側から腰を上げ、律子の正面に立ってから動画を再生させた。

新田の差し出すケータイの画面を黙って覗き込んでいる律子に、秋川は話を続けた。

「あなたの職場での発煙騒ぎも防犯カメラで確認したが、我々としては”同一”と捉えています。そして、あなたの察している通り、向井祐二さんとあなたの摩訶不思議な”再会”までは、概ねここへ来るまでに知り得ました。ここから先は、その上でお話しさせてもらいます。いいですね?」

「はい…」

律子はこっくりと頷き、そう答えた後、動画再生が終わったケータイを新田に返した。

秋川にとっての第2ラウンドのゴングは鳴った。

...


”まさか、刑事がこんな考えを持てるなんて…”

律子は予想を超えた秋川という刑事の口から出ている言葉に、正直驚いていた。
それは、ある種の戸惑いも伴って…。

「…我々警察は、当然、現実的な根拠、科学捜査の論拠に基づいて事件を解明していきます。あくまで、そこの枠を超えることはできない。しかし、目の前の事実に背を向けることはあってはならないと思っています。たとえ、それが科学的に原因解明できないことでも、現実に起こったことならば…。今回で言えば、悪臭を伴った白い煙です」

後段の秋葉の言葉に、ここにいる3人はまさに目から鱗が落ちる思いで聞き砕いていた。
律子はそれを通り越し、半ば感動を覚えるほどであったが…。

...

「少なくとも我々は、映像で2度、眼にしています。音声も含めたその様子から、アパートの目撃者や信用金庫の職員が証言した内容はあまりに酷似しており、同一現象と見るのが自然です。そして、その共通項は発生地点で、いずれもあのバイクが置かれた場所もしくは津藤さん、あなた自身が”いる場所かいた場所”の周辺で発生している」

この時、4人とも申し合わせたかのように、庭に佇む”その”バイクに目を向けてた。
その間、10数秒は沈黙だったが…。
この間合いをキツツキの突き声が、奥深い山中から連続してこだまするのだった。

「…さらに、信用金庫で最初の発煙が発生した時刻と、そこにあるバイクの元々の所有者、向井祐二さんの死亡推定時刻がほぼ一致しています。もう一つ…、煙が起ち上る様は動物…、敢えて言えば狐のしっぽみたいだと、複数の方が証言している。アパートの目撃者に至っては、滝沢さんが亡くなる直前にそのしっぽみたいな煙が彼の部屋に吸い込まれるように、玄関のドアの隙間から”侵入”したと、はっきり証言しています。その時は玄関とすべての窓に内鍵がかかった状態だったが、ほどなく首を何かで締め付けられた跡を残して滝沢さんは自室内で死亡した…」

律子はいくら覗き見をしていた隣人とは言え、さすがにこうも生々しく状況を聞かされると、気の毒で気分が悪くなる思いだった。

...

「…室内には、その”何か”として用が足りそうなものは、タンスの中に整然と納まっていたズボンのベルトくらいで、彼のそばには他に首を絞めたと思われるロープ類などは何もなかったことから、その場での自殺とは考え難い。以上の各事象に、ここへ来るまでに知り得た向井祐二さんとあなたとのこと…、非現実的な範疇だと承知してそれらをつなぎ合わせれば、ふう…、最初に私が申した警察捜査の枠を超える推測が視野に入ってくる…」

”この刑事は超常現象を認めるっていうの?”

律子は信じられないと言った顔つきで、横の秋川と視線を合わせていた。

「…もちろん警察としては、偶然と目撃者の主観を基にした推測に過ぎないとカタはつけるでしょう。それでも、私達が真相究明にあたる現場で目のあたりにした”事実”を無視することは許されない。そして、それらから予測可能ならば、新たな被害者が出ることを防ぐという責務も警察にはあると、私は信じています」

”律子は俺の推測を察しているな…。そろそろ結論を急ごう”

一方の秋川も律子の目から、彼女の胸の内は読み取れていた。

「津藤さん…、仮に超常現象らしきものが一因として事件を引き起こしていたとしたら、我々の原理原則による捜査では解明できない。従って、その捜査中に新たな被害者、犠牲者が発生する可能性は否定できず、言わば警察がその余地を見過ごしていることに等しいと言えます。私はそれを避けたい。…今はあくまで私個人としてだが、今回の関連事案はこのケースに該当する見立てをしています。その際、大っぴらには出ていないが、それに沿った選択肢を警察も用意しています…。それは…」

ついに秋川の口から”別部屋”という、3文字の禁句が発せられた。