息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー

共振/その1


4人は向井祐二の住んでいた家の庭先で向き合っていた。

「刑事さん、このお嬢さんが津藤律子さんです。手紙も読んでもらい、私からのお話も済ませましたので…」

「向井さん、あなたにはなんてお礼を言っていいのか…。ありがとうございます。それで…、お時間の方、もう少し大丈夫ですか?」

「ええ。ここを2時ぐらいに出れれば構いません」

「助かります。では、しばらく立ち会ってください。…津藤さん、千葉県警○○東署の秋川です。隣は同じく新田です」

「…新田と申します。よろしくお願いいたします」

秋川の数歩左後ろに立っていた新田は、そのまま律子と月枝に軽く頭を下げ、やや緊張した面持ちで自己紹介した。

「津藤律子です…。刑事さん、この度は本当でしたお騒がせして申し訳ありませんでした。すいません…。私…」

「いや、まあまあ…。あなたの”周辺事情”は承知しておりますので。とにかく順を追ってお話ししましょう」

「では、日も照ってきましたし、そこの縁側でかけてお話をどうぞ。今お茶を入れてきますから…」

すかさず月枝がこうとりなすと、二人の刑事と律子は互いに顔を見計らって、ゆっくりと庭に面した縁側へと歩を進めた。

”始まるな…。この家を出る時、どんな結果が待っているのか…”

縁側に向かって歩きながら、脇に止まっている”ゲスト”に目をやり、秋川は心の中で静かに呟くのだった。
それは、ほのかなある種の予期を伴って…。

...


N署の碓井からは移動中に連絡が入り、12時20分過ぎに署を出たとのことだった。

”碓井さんはあと20分ほどで到着するだろう。律子さんとはその辺を考えて話をしないと…”

秋川は頭の中で、こらから律子と交わす”話”の組み立てをシュミレーションしていた。

まず秋川は、信金で発作を起こし、救急車で運ばれた小峰夫人がその夜死亡したこと、更に同夜、律子のアパートの隣人、滝沢太一が不審死した事実関係、並びに前者は直接の死因に事件性はなし、後者は他殺の可能性が高いと告げた。

その上で、律子へは形式的に聴取を行ったところ、当夜立ち寄ったコンビニのレシートを所持しており、滝沢の死亡推定時刻までに犯行現場への移動は不可能であることがその場で立証された。

既に滝沢の部屋からは律子の指紋が採取されなかったことは分かっていたが、秋川にとって、新田の前で律子単独犯行の線を消す確認作業は今後の方針を決定する上で、極めて重要な意味を持っていたのだ。

...


縁側には律子の右に秋川、更に例の手紙に目を通し終えた新田が腰かけ、月枝はお茶を運んだあと、3人を斜め後ろから眺める位置で縁側に面する和室の端に正座していた。
それはこれからの話の展開を見守るように…。

続いて新田が現場の状況を説明した後、滝沢への犯行に及ぶには部屋の合鍵所持が必須要件と考えられるが、今のところ該当する人物は皆無であることも伝えた。

ここで再び秋川が新田からバトンを受け、律子の母親立会いの元、彼女の部屋に入って母親の了解を取り、携帯とパソコンを確認した旨も告げた。

この時点で律子は、机の上に置いておいた不破神社と書いたメモも刑事の知るところになったと悟り、そうであれば、叔母やいとこの克也とも会っていることはすぐに想像できた。

”じゃあ刑事さんは、私がここへたどり着くまでに知った、かなりのところまでを承知しているんだろうな。そして、祐二さんのあの手紙も読んだのであれば…”

律子はこの後、千葉から自分を追ってきた刑事たちがどんな話の方向に持っていくのか…、ざっくりとだがイメージが湧いた。

秋川はそんな律子の胸中を瞬時にすくい取ったようで、ちょっと微笑んでから語りかけた。

「まずお母さんには、今日あなたと会えるだろうことは、昨日報告してあります。岐阜の叔母さんからも、あなたが訪ねたことは知らされています。無論、あなたの身はとても心配されているのは事実ですが、ご両親は律子さんを心から信頼しておられるようだ。黙って消えた娘には、よっぽどの事情があったに違いないと、慮ってらっしゃった」

さすがに刑事からこう聞かされると、律子が胸を撫でおろしているのはその表情からもはっきりと覗えた。

「…それで津藤さん、昨日あなたのケータイに届いた動画もお母さんから連絡をいただき、こっちにも転送してもらいましたよ。我々二人も、さっき拝見しました」

「…」

律子はさすがに目をぱちくりさせ、言葉はすぐに返せなかった。