ただ、駆られるままに…/その6


「あのう、今の煙が起ったところに置いてあるバイク、私のなんですけど…」

「えっ?そうですか…。ええと、あのう…」

カウンターの女性職員は律子の思わぬ申し出に、ちょっと慌てていた。

「…それで私、家にケータイを忘れてきちゃったんで、さっきの様子を記録することができなかったんです。できたら、先ほど撮影されてた動画のデータ、私のケータイに送信していただけませんか?」

「はあ、でも…」

「私のバイクの真下からだったんで、どうしても気になりますし。お願いします!」

「じゃあ、上司に確認撮ってまいりますので、しばらくお待ちください」

カウンターの女性は奥の事務室に入り、さっき現場で指揮を執っていた男性職員に相談しているようだった。
時折ガラス越しに律子を振り返って…。

...


数分すると、女性職員は上司の男性を連れてカウンターの外で待っていた律子の正面に戻った。

「ああ、お待たせしました。なんでも、あのバイクはお客さんが乗ってこられたと聞きましたが、あのう…、ああいった現象は今までもあったんでしょうか?」

いかにも職務に忠実そうな男性職員は、律子の人となりを観察すかのような視線でそう問いかけた。

「いえ。私、あのバイクを取得してまだ数日ですから。あの煙は地面から湧いたと思ってますけど、やっぱり気味悪いので記録は残しておきたいんです」

律子は迷わず嘘をついた。
今は当面のコトにカタをつけるまで、無用な話は伏せることを優先させていたのだ。

「そうですね…。こちらとしてもこんなこと初めてですし、先ほど病院に行かれた方の連絡を待って、今日の出来事は市に報告します。その結果、市の判断で原因究明までとなれば、そちらにもご協力をお願いすることも考えられますので…。その辺をご了解いただければ、情報共有の意味で動画データは提供しますよ」

条件は付いたが、律子はそれを了解し、携帯番号とメールアドレスを伝えた。

...


女性職員はその場でデータをファイル送信してくれた。

「ありがとうございます。…それで、今日は家に帰らないのですぐ見れないんで、とりあえず、ここで動画見せてもらっていいですか?」

女性は上司が頷いてるのを確認してから、約30秒ほどの撮影動画を再生し、律子にスマホごと手渡した。

律子は眼前でスマホを握り、食い入るように小さな画面を凝視していた。

白い煙は透き通るくらい薄い上、さっき肉眼で見た立体的な伝わり方に欠けていたため、この動画だけを見たら、霧か靄がかかっている程度にしか見えないレベルのものだった。

”この画質と角度だと、煙を出しているのは地面からかバイクからかは分からないわ”

スマホの映像を一見してそう判断できたが、彼女には煙の主ははっきりしていた。

”狐の尻尾のような煙は、バイクを通して祐二さんが発しているんだわ…”

律子はそう信じて疑わなかったのだ。

厳密には、祐二の”吐息”だということも、漠然とだが察しがついていた。
むしろ、律子にとっての疑問は、それが”いつ”のものかということだった。

”それは明日、祐二さんのおばさんと会えば明らかになるかもしれない…”

そんな思いが律子の胸中をめぐっていた。