あの夜の出来事/その2



「あなた、何やってるのよ!」

背後から、大きな声で怒鳴られた滝沢は、びっくりして振り返ると、険しい表情でにらんいる律子がに立っていた。

「いや、あの、このバイクからケムリが出てきたんで、なんだろうと…」

滝沢は慌てふためいて、しどろもどろ答えた。

「それ、私のバイクよ。今、臭い嗅いでたでしょ?やっぱりあんた、変態だわ。警察を呼ぶわ」

「ちょっと待って下さいよ。臭いがしたんですよ、ホントですよ、生臭い凄い悪臭が。このバイクからみたいだったんで、それで…」

律子は明らかに興奮している。

「この前は私の部屋、覗いてたじゃないの!今度は私の座ったバイクのシートに顔を近づけて、いやらしい!」

「あのねえ、あなたのバイクだって知りませんでしたよ、これ!いくら何でも、”今回”は言いがかりですよ!」

滝沢も声を荒げ、必死に弁明した。

ここで、一階に住む大家が何事かと、外へ出て来た。

「津藤さん、どうしたんですか?夜分に大きな声あげて」

”またこの二人か…”

大家はやれやれといった気持ちで、バイクの前に歩いて行った。

...


「この人、今度は私のバイクの臭いを嗅いでたんです!もう、我慢できません!警察に通報してくださいよ。このアパートか追い出して!」

一気に捲し立てる律子に、大家はまあまあとなだめてから、きょとんと立ちすくんでいる滝沢に向かって言った。

「滝沢さん、ホントなのかい?臭い嗅いでたって?」

滝沢は両手を振りながら、慌てた口調で反論した。

「違いますよ。バイクからケムリが立って、凄い悪臭がしたんです。それで確かめただけですよ」

すかさず、律子がまた大きな声で言った。

「ケムリなんてどこに立ってるのよ!臭いもしてないわ!大家さん、どうですか?」

大家はそう言われて、鼻をクンクン動かしてバイクに近づいた。

”そう言われてみれば、少し生臭いかな?”

大家は正直、そう思ったが、ケムリは見えなかった。

「まあ、少し臭うかな。ケムリはないけど。とにかく、警察沙汰にするほどではないでしょう。滝沢さんも、誤解されないように気を付けてくださいよ」

滝沢はうんと頷いたが、律子はいい加減にしてよ、と言いたげな表情で、更に声を荒げてた。

「なんなの、バカにしないで!こんな部屋あたしから出て行ってやるわ!」

律子はバイクのエンジンを勢いよくかけたかと思うと、すごいスピードでアパートの前から去って行った。

これまでの律子とは別人のような、ヒステリックな言いようにあっけに取られ、大家と滝沢は、しばらく顔を見合わせていた。