あの夜の出来事/その1


その夜の10時少し前、フリーターの滝沢太一はバイトを終え、アパートの外階段付近に着いたところだ。

2階の部屋に向かうため、階段の1段目に足をかけた時、ふと何か異様な臭気を感じた。

「うわっ、くせー、なんの臭いだろう」

悪臭は道路わき近くあたりからだと見当をつけると、滝沢は鼻をクンクンさせ、ゆっくりと”臭いの主”付近に寄って行った。

おっとり刀で滝沢がたどり着いたのは、アパートの駐輪スペースだった。

そこには、自転車3台とバイク1台が置いてあった。

滝沢は、この異様な悪臭の源を確信した。

2、3日前までは停まっていなかった、250ccのバイクからだ。

そして滝沢がそのバイクの前で立止った瞬間、バイクの下の地面付近から、白い靄のようなものがゆっくりと、静かに湧いてきた。

それは、スローモーションの映像のようだった。

「なんだ、これ!ちょっと変だ。バイクの足元からケムリ出てる…」

滝沢はそのケムリを吐くバイクにほとんど体が触れる距離まで進むと、強烈な悪臭に再度襲われた。

思わず鼻を指で挟んで、しかめっ面しながら、恐る恐るといった物腰で、そのバイクに顔を近づけた。

「間違いないわ、この臭い、このバイクからだわー」

愚痴っぽい呟き声でささやき、一歩下がって、バイクを何方向からか凝視しているその時、外階段から降りてきた若い女性が滝沢の正面に立っていた。