その2



向井祐二という取引相手は明らかに”いい人”で、律子自身、好みのタイプに近かかった。
年はあまり気にしない方だし、バイク好きというシンパシーも会った瞬間から意識できた。

でも、短い時間だったが、なんだか明るい表情の中にどうしようもないほど、根深い影が透けるように見え隠れする…。
取引を終え別れた後、そんな思いが頭か消えないのだ。
まるであのバイクと一緒にそんな”感傷”を持ち帰ったかのようだった。

あれから1日しか経っていないのに、”単なるオークションの取引相手”で、終わる”人”ではないような感じもしてきた。
しかも、時間が経つにつれて、”それ”は徐々に増していくような…。

...


店内の更衣室で同僚と会話をしながらも、律子はどうしても、彼を頭から退かすことができなかった。
そして、律子は改めて思い返した…。

”引き渡し場所に指定された、あの尾隠し地蔵と巨大な杉の木も、今思えば異様だったわ”…”

改めて思い返すと、まるで異次元というか、律子には非現実の空間に彼と身を置いていたような気がしてならなかったのだ。

僅かな時間が経っていないのに、同行してくれた美香がいる時といない時、つまり、”あの人”と二人の時には、”あそこ”が同じ場所でもまるで異質というか、あり得ないことだが、違う場所に変わっていたような…。
そんな感触をも禁じえなかったのだ。

こんなことをこの連休中、自然に頭の中で考える自分を止められないことが、だんだん空恐ろしくなっていった。

”とにかく、この1日2日で私が私でなくなっていくようだわ…”

そんな、さりげない自覚が頭の隅に…、律子のどこか隅に居座っていた…。

朝一で同期の和美と取り留めなく、”あの日”のことをキャッキャと話している最中も、脳の中には、あのヘンな”感じ”が住み着いている。
ちょっと、ヤバいかもとヒヤリする自分は確かにいる…。

律子はそう感じていた。