その1



律子の職場は、南関東郊外の小さな信用金庫の支店である。
入社6年目の彼女はすでに窓口業務を経験し、融資全般の補助を担当している。

コツコツ型だが我関せず、わが道ひたすらの地に足の着いたしっかり者…。
これが概ね、周囲からの印象だろう。

9月のまだ暑い盛り…、週明けの月曜に休暇をとって念願だったマイバイクの名義手続きを済ませた律子は、この朝、手に入れたばかりの愛車に跨って出勤を果たした

...


律子がバイクから降りてヘルメットを取ったところで、さっそく職場の同期、和美から声をかけられた。

「おー、律子~~!おはよう…。これかー、休暇取って信州の山奥で引き渡しを受けたブツは?」
「おはよう、和美。あのさー、ブツとか言うなよな、もう…(苦笑)。へへ、私のマシンだぜい~!年代のわりにきれいでしょ?早くも超お気に入りでしてねー」
「バイクの良し悪しなんかわかんないしね、私には。それより、持ち主と会ったんでしょー、どんな感じだったのよ?男の人だって言ってたじゃん」
「うん…、感じのいい人だったよ。36歳の独身だって」

律子が取引相手のことを話し出すと、和美は俄然興味深々の表情に変わった。

「独身?じゃあ、このバイクが取り持つ、第2章秋の編なんかあり得るってことー?」
「いや、ないよ。取引相手で終わり」
「なんだー、つまんないの…」

律子がきっぱりと言い切ると、和美は”まったく―”、といった表情で苦笑いを浮かべて、急ぎ足で通用口から店内に入って行った。

”それにしても…、今にして思い返すと、不思議な感じの人だったな…”

律子は駐輪スペースに停めたマイバイクを見つめながら、”あの出品者”を思い浮かべていた…。